展示最終日 美術館にて

刀剣乱舞刀剣展示感想あり短編小説

 閉館時間を終えた美術館内は、人間には見えも聞こえもしないが、意外と賑やかだ。
長く人に大切にされてきた物が多く所蔵されているこの美術館では、姿を取って館内を自由に歩き回れる付喪神が多く、特に展示室との間の通路では、違う部屋で展示されている付喪神達が集まって、通路の窓から空を見上げながら談笑している者が多い。
今日も燃える様な夕焼け空を見上げながら、「今日はこんな来館者がいた」とか、「明日の外もまた暑くなりそうだ」などと、大小様々な付喪神達が談笑に花を咲かせていた。

「あっ、長義殿!おつか……ひいっ!?」
「ちょ、長義さん!?」

 こちらに歩いてくる長義の存在に気付いた付喪神が、突然悲鳴じみた声をあげた。
前期の目玉とも言える刀に労いの言葉を掛けようとしたら、今にも斬りかかって来そうな気迫でこちらに向かって来ていたからだ。
瑠璃を彷彿とさせる青を纏った姿を取る付喪神が、美術館の壁を赤く染め上げる夕日を浴びて、今ではまるで地獄の炎を背負っている様。
眉目秀麗な男の怒りの形相は迫力があり、それを見た付喪神達の背筋を震え上がらせる。
そんな彼がズンズン歩いて来る姿を見るや否や、付喪神達は壁際に張り付くようにして彼に道を譲った。

「一体どうされたのだ、あのような鬼の形相で……」
「何か気に食わない事でもあったのだろうか?」
「もしや、先程通った彼の写し殿に関係あるのやもしれんな」

 所変わって刀装具を主に置いているとある展示室では、無代と称される名刀、南泉一文字が自分の拵が展示されているケースで胡座をかいて、呑気に欠伸をしていた。
本体が飾られている展示室で他の刀と駄弁っていても良かったのだが、今は静かな場所でゆっくりしたい気分だったので、ふらふらと館内を歩いていたら、無意識に自分の一部でもある拵が展示されているここへ辿り着いてしまったようだ。
 
「……んあ?なんか展示室の外が騒がしいな」

 この場所の居心地の良さと、前期展示を乗り切った僅かな疲労にうとうとしていると、なにやら切羽詰まった声と忙しない足音が遠くから聞こえてくる。
せっかく前期展示が終わったばかりだというのに、どうも穏やかじゃない。
ひらりとケースから飛び降りた南泉は、その場でつま先立ちをするようにほんの少し背伸びをして、部屋の入り口の向こうを覗き込もうとした。
 
「むだいー!」
「にゃんせんー!」
「たいへんたいへんー!」
「おー、どうした?あと俺はにゃんせん、じゃなくて、南泉な」
 
通路の方に遊びに行っていた筈の、近くのケースに展示されている子供の姿を取った三所物の付喪神達が、焦った顔でパタパタと慌ただしくやって来た。
南泉は自分の足にぶつかってくる付喪神達を抱きとめると、自分の呼び名を訂正しながら、話を聞く為にしゃがんで目線を合わせた。

「ぷんぷんちょうぎがこっちにくるよ!」
「は?ぷんぷんちょうぎぃ?」

可愛い語感だが、その実全く可愛くない言葉に、南泉は片眉を上げた。
 
「うつしがいないって、いろんなおへやをぐるぐるしてる!」
「こーんなおめめしてて、すっごくぷんぷんしてるの!」
「いまのちょうぎのおかお、おっかないって、まわりのみんなにげちゃった!」

 三所物達は腕をぶんぶん振り回したり、人差し指で目尻をグーンと吊り上げたりと、身振り手振りを使って南泉に訴えかけてくる。
どうやら彼らが言うには、「ぷんぷん」なんて可愛らしい言葉なんてこれっぽっちも似合わない、あの腐れ縁の刀が写しの事でご機嫌斜めらしい。
ふんふんと小さく頷き、目の前の付喪神達の話を聞きながら、あの瑠璃の瞳を持つ刀に思いを馳せていると、入口の向こうからカツカツと革靴の音を高く響かせながら、件の刀がやって来た。

「きたー!」
「ぷんぷんちょうぎだー!」
「こっちにくるー!」

 長義の姿を見た途端、きゃあきゃあ騒ぎながら三人組の付喪神達は、蜘蛛の子を散らす様にその場から逃げて行った。
南泉が立ち上がって歩いてくる長義を見据えると、彼も南泉に気づいたらしく、そのまま真っすぐにこちらに向かってきた。

「よう。一体何拗ねてるんだ、にゃ。他の奴らが怖がってるだろ」
「……別に、拗ねてなんかいない」

南泉が正面から声を掛けると、長義は眉根を寄せて視線を逸らし、ボソッと言い返す。
腕を組んで口を尖らせるその表情は、まさしく拗ねている子供の様だった。

「……俺の写しが逃げた」
「まだそうと決まった訳じゃ……」

ここで放っておくと後が面倒なので、それとなく宥めようとしたが、途中で言葉を切った。
常日頃からこの刀にはよく揶揄われているのだ、これはちょっとした意趣返しをするいい機会じゃないのか?
いつも余裕のある笑みを浮かべている長義の珍しく余裕の無い顔を見て、南泉はふと魔が差した。

「……ああ、でも案外本当かもしれねえな」
「……なんだって?」

ギロリと睨みつける長義を横目に、南泉はもったいぶるように口元に手を当て、ニヤリと悪戯っ子がするような笑みを浮かべた。

「お前に隣のケースから毎日散々ネチネチ言われて?お前の写しも最終日くらいは何も言われたくないからって、逃げてるかもしれにゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

皮肉を言っている途中、長義に不意打ちで自分の猫耳の様になっている特徴的な癖毛を両手で思い切り引っ張られて、南泉は堪らず悲鳴をあげた。

「嘘ついたのは悪かったって!お前の写しの姿が見えないからって、俺に八つ当たりするんじゃねえ!髪引っ張んにゃ!!」
「おや、ここは耳じゃなかったか」

南泉がジタバタと暴れながら抗議すると、長義は冷めた目で両手をパッと離した。

「……あいつ。やりたい事があるからって、他の刀達にはもうとっくに別れの挨拶を済ませているらしい」
「挨拶?……ああ、確かに今日の朝来てくれたな。律義な奴じゃねーか」
「……はっ、律儀?俺だけには何も言わずに、閉館時間を迎えるや否や、早々に姿を消してどこかへふらついているというのに?」

長義は片眉を上げて、皮肉な笑みを見せた。
 
「あ?お前だけなんの一言も無かったのか?」
「…………」
「いてっ!だから八つ当たりすんなって!」

 南泉からすればただの純粋な疑問だったが、自分にとって痛いところを突かれた長義は、無言で軽い肘鉄を南泉の脇腹に喰らわせた。
本当はこれくらい簡単に避けられるが、多少の憂さ晴らしにはなるだろうと、南泉は口では抗議しながらも、甘んじてその八つ当たりを受けてやった。
 
「本歌のお前だけ一言も挨拶なしって……そんな奴には見えねえけどな。下手に探さずにあの展示室で待ってれば、搬出の時に来てくれるんじゃねえのか?」
「……あいつの本歌は俺だ。なのに俺から姿を消して……それ程やりたい事って、なんなんだよ」

そう言って俯く長義の瞳は、怒りや苛立ちの感情に揺れている。
 
「この前期展示の間、あいつは俺の隣で刀工国広の傑作の刀として、俺と伯仲の出来と称される刀として在り続けたさ。俺の写しなのだから当然だろう。だから、「お疲れ様」って、労いの一言でも、掛けてやりたいと……思ってたのに。……最後の日なのだから……少しは俺と話す時間くらい、作ってくれてもいいだろう」
 
声にはほんの僅かな寂しさが混じっていて、珍しく本当に堪えているらしい。
南泉は大きくため息をついて、丁度いい高さにある形のいい額を、思い切り指で弾いた。
 
「いたっ!……は!?」

いきなりデコピンをされて、長義は額を押さえながら顔を上げた。
 
「搬出までまだ時間あるだろ?とっとと会いにいって、今言った言葉そのままお前の写しに話してやれ、にゃ。次またいつ会えるか分かんねーんだから」
「…………」

そう言って背中を押してくれる南泉に素直に礼を言うのはなんだか癪だったので、長義はお返しとして、彼の額を指で弾いてやった。

「んにゃ!?」
「そんなの、猫殺しくんに言われなくても分かってるよ」

長義は南泉が何かを言う前に、大股で颯爽と展示室を出て行った。

「あーあ、もう元の調子に戻っちまった」

去り際に見せた長義の表情が、すっかりいつもの彼らしい自信に満ちた顔に戻っていたので、南泉は薄っすらと赤くなった額を摩りながら小さく笑った。

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