「あっ、お疲れ様です長義さん!」
長義達が展示されていた広い展示室の裏側、やや落ち着いた明るさの展示スペースで、専用の自分のケースの前でくつろいでいた物吉貞宗は、歩いてきた長義の存在に気づいて、パッと表情を明るくして彼に笑い掛けた。
「物吉。俺の写しを見ていないか」
「国広さんでしたら、さっき中庭の方に行きましたよ」
「中庭?」
「はい。「見たい物がある」、と」
「見たい物?……ああ、なるほど」
物吉の情報を聞いて、中庭に何があったのか思い出した長義は、国広の行方にようやくあたりを付ける事ができた。
灯台下暗しとはよく言ったもので、長義の写しは案外近い所にいたらしい。
「ありがとう物吉、行ってみるよ」
「搬出の時間が近くなったら、また呼びに行きますね。僕達も国広さんのお見送りしたいですから」
「ああ」
快く送り出してくれた物吉に、長義は軽く手を振って中庭への通路を歩いて行った。
中庭に出ると、昼間賑わっていた場所は、閉館時間を迎えてすっかり人間の気配が無くなっていた。
一時的な休息の場として日陰も用意されているものの、人の身には堪える程の暑さと、空を燃やす様に赤く染めていた太陽は今では姿を隠し、夜の青が涼しげな空気を連れて来ている。
誰もいない中庭を一瞥して少し奥に進み、今回の特別展を記念して描かれた絵が飾られている場所へ向かうと、ひとつの白い人影が佇んでいる。
長義がずっと探していた写し刀は、どうやら自分と長義が一緒に描かれていた絵を見ていたらしい。
近づいてくる長義の気配に気づいた国広は、少しだけ顔を動かして長義の姿を視界に入れると、目を瞬かせた。
「本歌?どうしてここに?」
「前期展示を乗り切った俺の写しに「お疲れ様」と、一言労いの言葉でも掛けてやりたかったんだが、閉館時間になって早々姿をくらましたからだよ。聞けば俺以外の物達への挨拶回りはもう済んでいるらしいじゃないか。そんな薄情な写しに、俺への礼儀を教えてやろうと思ってね」
「すまなかった。あんたには最後に声を掛けるつもりだったんだ」
柔らかい口調でありながら、わざとらしくツンとした表情でちくちくと不満を伝える長義に、国広は素直に謝った。
「絵を見ていたのか?」
「ああ。帰る前に、もう一度この絵を見ておきたかったんだ。……それに最後の日だから、あんたがいるこの美術館を今一度見て回りたかった」
「……そうか」
そう言って美術館の建物を見上げて、国広は僅かに目を細くする。
その横顔がまるで愛おしいものでも見ているみたいで、長義は多少の溜飲を下げた。
「ここでの展示はどうだった。得る物はあったか?」
「ああ。初めて会った他の刀や名品達のいろんな物語を知る事ができたのは、楽しかった。人間達が俺達の物語をどのように解釈しているのかも知って、学ぶ事も多かった。それと、毎日来館してくれる大勢の人の量には圧倒された」
思っている事を一つ一つを噛みしめるように、国広は言葉を並べていく。
隣の長義は静かな面持ちで国広の話に耳を傾けながら、話をする写しの顔を見つめた。
「他の付喪神達もとても良くしてくれた。……あんたの話も沢山聞かせてもらった」
「へえ?……例えば、どんな?」
片眉を上げて長義が尋ねると、国広は「そうだな……」と言いながら、口元に手を当てて宙を見上げた。
「今回以外でも展示される時、ケースの中のあんたはいつも誇らしげに胸を張っているとか。新しい特別展の初日の朝は、よく開館前に美術館の入口に立っているとか。この季節の庭を歩くのが好きだとか。展示期間が終わって裏で保管されている時の寝顔が……思いの外、幼いとか」
「おい。最後のそれは誰に聞いた」
「確か……鯰尾だったと思う」
「鯰尾……」
うちの付喪神達は思いの外沢山、それも自分の恥ずかしい事まで写しに話してしまっているらしく、いい笑顔で親指を立てる鯰尾の顔が頭に浮かんで、長義は片手で顔を覆った。
「あんたが大事にされているこの場所で、あんたの隣で飾られた事。足利と名古屋、あんたの物語にこうして再び関われた事。……とても、嬉しかった」
「……十年後」
「え?」
顔を覆っていた手を外して、不意に長義が小さく呟いたので、国広は振り返った。
「十年後。この美術館は大きな節目を迎える。その時に俺がまだここにいるかは断言できないが、また新しい物語が紡がれる。お前にも、お前だけの新しい物語が紡がれる。俺の物語とお前の物語。語り継ぐ人がいてくれる限り、俺達の物語がまた再び交わる日も来るだろう」
「ああ」
「だから、聞かせてくれ」
「え……何をだ?」
察し悪く聞き返す国広に、長義はまた少し苛立って「だから」と語気を強めた。
「次にまた並んで展示される事があった時に、お前の話を聞かせろと言ったんだよ」
「ああ。……その時には今回の展示の事も、大切な思い出として、あんたと懐かしみながら話したい」
「ふっ……大切な思い出、ね」
「……おかしな事でも言っただろうか?」
自分の思いを伝える写しの言葉に長義が鼻で笑うと、写しが少し不安気な表情を見せたので、彼は微笑みを浮かべたまま「いいや」と首を振った。
「お前にとっては、今回の展示は大切な思い出足り得る出来事になったんだな」
「もちろんだ。……本歌は、違うのか?」
「今日がもう一度来ればいい」
国広の問いに被せるように、長義がツンとした顔で少し大きな声を出すと、少し間を空けてから表情を和らげて、写しに笑い掛けた。
「……そう思う程に、俺とお前が並んでいる姿をもっと周りに見せつけたかったさ」
「…………」
「長義さーん!!国広さーん!!」
二振りが振り向くと、中庭の方から物吉の声が聞こえて来た。
「もうすぐ搬出作業が終わりますよ!みんな見送りの為に集まってますから、そろそろ戻って来てください!」
「……そろそろ、時間か」
「ああ。……戻るぞ、見送りしてくれる物達を待たせてはいけない」
「ああ」
そう言って長義が先に歩き始めると、国広も彼の後ろを追った。

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