「……あっちい」
梅雨が明けて、日差しが強くなってきた季節の昼さがり。
和泉守兼定は今日の近侍である堀川国広に頼まれて、箱一杯に敷き詰められた刀装を運んでいた。
ほんの少し外に出ただけで、頭上から照り付ける日の光で首回りや背中からじっとりと汗が滲み始める。
彼の長い黒髪は余計に光を吸収してしまうので、髪の毛に熱が籠って余計暑く感じられた。
すぐにでも汗を拭きたいところだが、今は両手が塞がっているのでそれはできない。さっさと用を済ませて涼しい室内に戻ろうと、少しだけ足を速めた。
「お~い。できた刀装持って来た……あれ?」
ようやくたどり着いた倉庫の入口から声を掛けたが、堀川から聞いていた肝心の刀達がいなかった。
奥の方も覗いても誰もいなくて、いつも刀装を保管している木箱の数が少し減っている。
どうやら刀装の木箱の一部を持ち出して、どこかに行ってしまったらしい。
一体どこに行ったのかと辺りを見渡すと、入り口から少し離れた影から持ち出された木箱が見えており、誰かが動く気配がした。
和泉守は籠を抱え直して倉庫の横に回り込むと、宗三左文字が育てていた朝顔が見えた。
彼が育てた朝顔は倉庫に立てかけた大きな網を伝って、大きな緑の壁を作っている。
この時期の朝には青や紫の鮮やかな花が咲くのだが、日がすっかり高くなった今ではすっかり萎んでいた。
網の裏側にある空間は朝顔の蔦で日陰になっており、そこで重石として使っている岩を椅子代わりにして、本丸の資材や刀装を管理している鯰尾藤四郎と五虎退が、いくつかの木箱を並べて、大量に作られては解体される刀装の記録をつけていた。
「おーい。国広から頼まれた刀装持って来たぞ」
「あ、和泉守さん。ありがとうございます」
和泉守が緑の壁の中に入って二振りに声を掛けると、先に和泉守に気づいた五虎退が顔を上げて、微笑みながら彼に礼を言った。
「ほらよ、刀装四十とそれに使った資材の記録だ」
和泉守が刀装を入れた箱を二振りの近くに置くと、五虎退の隣で真剣な顔で記録書に何かを書き込んでいる鯰尾藤四郎が、箱を置いた音でようやく顔を上げた。
「ありがとうございます和泉守さん、すみません気づかなくて。水砲兵の刀装はできましたか?」
「ええっと、ああこの辺りのがそうだな」
和泉守は箱の中を見て、鯰尾に指定された刀装を指さした。
「それはこっちの箱にお願いします。並の刀装は解体するのでこっち、他はそっちの箱に入れて貰っていいですか?」
「へいへい」
「並の刀装は、僕がもらいますね」
鯰尾の指示で和泉守は刀装を選別し始めると、五虎退も手伝う為に使わない並の刀装を手に取り始めた。
「刀装ってあとどれくらい作らないといけねえんだ?」
「えっと……、水砲兵があと十ですね」
「まじか……もうこれで二百近く作ってるってのに、国広の奴今日は災難だな」
五虎退が水砲兵の刀装を数えて残りの必要数を告げると、和泉守は今刀装をひたすら作っている相棒を少し憐れに思った。
彼を思って少し遠い目をする和泉守を見て、鯰尾も「ははは…」と乾いた笑い声を上げた。
「堀川は刀装を作るのが上手いですからね、主さんもそれで今日の近侍にしたんでしょう。なんてったって明日から連隊戦ですからね」
明日の夕方から、政府から通達されたイベントである連隊戦が始まる。
海辺で行われる戦場では、水砲兵と言われる特殊な刀装を使う事で戦闘を有利に進める事ができる。
その為全部隊の刀二十四振り分の刀装を作る事になったのだが、作られる刀装の種類は指定する事ができず、ほとんど運任せだ。
本丸に保管できる刀装の数にも限りがあるので、こうして堀川に大量に刀装を作ってもらっては、必要な物だけ残して使わない刀装は解体するのを朝から繰り返していた。
「そういやあ、部隊長の面々が朝から見かけねえな」
「まだ部隊の編成の調整が終わっていないらしくて、朝から主さんと会議してますよ。みんなの体質の事もあるって事で、薬研も呼ばれて参加してます」
「あるじさま達ちゃんと睡眠はとれているのでしょうか。昨日もずっと部隊の指揮をしながら明日に向けて会議してますし」
イベントが始まる前に、審神者は必ず全部隊の部隊長を呼んで方針や編成を取り決める。
今回はかなり難航しているらしく、和泉守は昨日の夜に審神者の執務室から彼らが出てくのを見たきりで、今日は一振りもその姿を見ていない。
鯰尾と五虎退は会議の事は知っていたらしいが、五虎退は彼らが全然部屋から出てこない事を心配していた。
「まあ薬研の奴がいるんだったら、その辺の体調管理はちゃんとしてくれてるだろうな。にしても二日かかる部隊長の会議なんて初めてじゃねえか?」
「本当ですね。俺が知っている中では初めてかもしれません」
「明日からのイベント……ちょいとばかり骨が折れるかもしれねえな」
指定された箱に刀装を移し終えた和泉守は、執務室がある方に目を向けた。

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