1、「せっかく陸に来たんだから、楽しまないとね」

ツイステッドワンダーランド生き別れのウツボの人魚

 最初の記憶はきらきら光る明るい海。
俺の前を俺と同じように生まれた兄弟達が、同じ方向に向かって泳いでいる景色だ。
こうしないといけないと言われた訳でもないけれど、そうしないといけない気がして俺もそれに続いた。
海には色んなものがたくさんあって、気になるものを見つけては追いかけて、みんなからはぐれそうになっては、追いかけるのを繰り返した。
話しかけてきた兄弟もいたけど、俺は他の兄弟よりも言葉が上手く話せなかったし、特に仲良くするつもりもなかったから、黙ってたらみんなつまらなさそうな顔をして離れていった。
体が小さい俺達はまだ力も強さも無くて、サメとか大きな魚に何度も食べられそうになって、一緒にいたみんなはどんどん数を減らしていった。

 そんなある時、俺は不思議な力が使える事に気が付いた。
最初は手の辺りが熱くなってチカチカするくらいだったけど、いつしか海藻を好きな方向に揺らしたり、転がっている小石を浮かしたりする事ができるようになった。
もう少し体が大きくなった頃には、魔法で水の流れを少し変えたり、小さな渦や光の玉を作ったりして、魚を捕まえたりできるようになった。

 けれど、今思えばそれが油断になっていたのかもしれない。
とっておきの魔法を思いついて、実験として自分を囮にしてサメの群れを追い払う事に成功した日、つい浮かれてしまっていつも以上に気ままに泳ぎ回った。
突然後ろから兄弟が「逃げろ」と叫んだのが聞こえたと思った時には、もう全部遅かった。

 何の前触れも無く襲い掛かって来た暗い海の底へ落ちる強い水流に飲まれて、俺はあっという間に暗闇に引きずり込まれた。
つい無意識に手を伸ばしたが、ただ虚しく水を掻いただけだった。
光が刺す海で最後に見たのは、みんなから少し離れた所でいつも手を繋いて一緒に泳いでいた、ふたり組の兄弟がこっちを見下ろしている姿だった。
今では顔だけが真っ黒に塗りつぶされていて、あのふたりがどんな奴だったのかも、もう思い出せない。
とっておきの魔法が成功して、浮かれて気ままに泳ぎ回っていた時、一緒に何かを探していたような気もするけど……それももう忘れてしまった。


 次の記憶は真っ暗闇。
ぞっとする静けさと、身体が押しつぶされる様な圧迫感。
そして、俺が寝ていた近くで小さなランプの光の下で本を読む、一つにくくられた赤く光る長い髪と、銀色のすごく長い尾を持った人魚だった。

「何だ。生きていたのか小僧」

 俺が起きた事に気が付いたのは、年老いた男の人魚だった。
突き放すような言い方で、眉間にぐっと皺を寄せながら、尾と同じ銀色の目が鋭く光って俺を見下ろした。

「ここは?」
「ここは儂の巣だ。まったく、今日は数十年ぶりの大きな海流が来るから入口を塞いでいたというのに、それをぶち抜きおって。おかげで余計な片付けをする羽目になったわい」

ぶつぶつと文句を垂れる彼の言葉を聞いて上を見上げると、うすぼんやりとだが、びっちり塞がれていた岩の隙間に不自然な大穴が開いているのが見えた。
どうやら俺はあそこから落ちてきたらしい。
そしてそんな俺は比較的岩が平らな所に、海藻とは違うひらひらした何かの上に寝かされていた。

「おれをたべるの?」
「ウツボなんざ儂は食わん。オキアミとカニで十分だ」
「あんた、だれ?」
「質問の多い奴だ。儂の事を知りたければまず自分から名乗るんだな。お前は誰だ?」

鼻を鳴らしながらそう言われたから、答えようとしたけれど、まだ名前も無かった俺には何も答えられなかった。

「……ない」
「あ?」
「なまえ、ない」
「なんだお前、『はぐれ者』か」

聞きなれない言葉に、俺は首を傾げた。

「はぐれもの?」
「人魚の種類にもよるが、ウツボの人魚の場合は親元に辿り着いた者だけが名前を貰える。反対に親からはぐれた稚魚の事は、名を与えられなかった『はぐれ者』と言うんだ」
「……ふうん」

余り思ったような反応が返ってこないと思ったのか、彼は片眉を上げた。

「自分の事なのに随分と反応が薄いな」
「なまえ、なくてもこまらなかったから」
「呼び方が分からないと儂が困る」
「こぞうじゃだめなの?」
「小僧はお前の名前ではないだろう。何でもいいから自分で名前を決めろ」
「……きめるって、どうやって?」

また質問する俺にため息をついた人魚は、先程まで読んでいた本を適当に開いて、俺の目の前に突き出した。

「ここから好きな単語を一つ選べ」
「もじ、よめない」
「読めなくても構わん。直感で惹きつけられる単語を一つ指させばいい。さっさとしろ」

 ひとしきり広げられたページを眺めると、何度も自分の目を留める単語があった。
他にしっくりくる単語はなかったので、俺はその単語を指さした。
それを確認した人魚は、その単語と俺を交互に見ると、意地悪くニヤリと笑った。

「中々捻くれた単語を選んだな。……まあいい、今日からお前は    」

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