僕とフロイドは正確には双子ではありません。
僕達には昔沢山の兄弟がいて、生き残って名前を与えられたのが僕達だけだったから、双子を名乗っているだけなのです。
誰にも話した事はありませんでしたが、実は僕達にはもうひとり、「面白い」と思っていた兄弟がいました。
僕達が彼の存在を知ったのは、僕達にまだ名前が無い稚魚だった頃、僕がフロイドの事を相棒に選んでからさほど経っていない頃でした。
小魚の群れを見つけて兄弟こぞって狩りをしていた時、僕達は早々に空腹が満たされる位の数の魚を捕まえて、時々互いの魚を交換したりしながら、岩場に座って食事をしていました。
ふと僕らへ向けられた視線に気づいて顔を向けると、ある兄弟がこちらを見ていました。
正確には僕達が持っていた魚を見ていましたが、物欲しそうでも、羨んでいる様子はなく、一切の真意が見えない無表情。
凪の海面の様に、ただ静かに両の目を光らせて、正面から無言でこちらを見つめていました。
「あ?何見てんの?」
「……」
彼の視線に気づいたフロイドが不機嫌そうに声を掛けると、彼は何も言わずに尾びれを翻して、ふらふらとどこかへ泳いでいきました。
「何だったんだろあいつ」
「さあ……何だったんでしょうね」
「まあいっか。あいつ何考えてるかわかんねーし」
「そうですね」
その時は僕達も大して彼の事は、はっきりと認識していませんでした。
彼は他の兄弟よりいくらか体が小さく、力も強くない上泳ぎが早い訳でもない、おまけに誰かと話している所も、笑った所も見た事がありません。
時々ふらふらと群れを離れては戻ってくるを繰り返し、いつもどこかぼうっとしているせいで兄弟からも浮いていて、特に突出した何かがあるわけでもないので、今までよく生き残ってこれたなと逆に感心する程度の認識でした。
けれどある時、その認識が一気に覆る出来事がありました。大型のサメの群れに僕達兄弟全員が襲われたのです。
突然の奇襲に兄弟全員散り散りになって逃げ惑い、中には悲鳴を上げながら体を食いちぎられていく兄弟もいました。
兄弟の流した血で興奮したサメ達は、残党がいないか探してずっと泳ぎ回っています。
僕とフロイドはいち早くサメの存在に気づいたので、狭い岩陰に身を隠して難を逃れていました。
しばらく息を潜めて気配を殺していたのですが、突然フロイドが岩陰から頭を出そうとしていたので、僕は慌てて彼の腕にしがみつきました。
「危ないです、まだ隠れてないと!」
「……ねえ、あいつ何してんの?」
「え?」
驚いた様に目を見開いてどこか一点を見つめるフロイドの言葉に、僕も彼と一緒に岩陰からほんの少しだけ頭を出して外の様子を見ました。
驚く事に以前僕達を見つめていたあの兄弟が、いつものぼんやりとした表情でひとり、隠れる場所が何もない砂底で能天気にサメ達の様子を眺めていたのです。
当然ながら彼の存在に気づいたサメが、何匹か彼に向かってスピードを上げて迫ってきますが、彼は逃げようともせずにじっとしています。
恐怖のあまり体が動かないのかとも思いましたが、どうやらそうではないようで、彼はあの静かな目でサメを凝視していました。
彼を止めようなんて事をすれば僕達が襲われてしまうので、僕達には彼の自殺行為を止める術はありませんでした。
驚きの事に言葉を失うとはこの事なのでしょう。
今にも食べられそうな所までサメが迫って来た瞬間、一瞬の内に彼の姿が消えて、代わりに大きな岩が出現したのです。
サメ達は急に現れた岩に咄嗟の対処ができず、鼻先を強かに打つと、怯んでそのまま逃げていきました。
一方姿を消していた兄弟は、一体どんなトリックを使ったのか、砂底からかなり離れた高い岩場に座っていました。
その岩場に違和感を感じてよく見てみると、まるで彼と岩の位置が入れ替わったかのように、そこにあったはずの大きな岩が無くなっていたのです。
「なにあれ……岩とあいつが入れ替わったの!?」
「……まさか。もう魔法が使えるのですか!?」
親元に辿り着いた後に知った事でしたが、魔法は本来もっと成長してからじゃないと発現しないと聞きました。
しかし彼はそれより遥かに早く魔法の発現をしていて、あろうことかユニーク魔法も既に完成させていたのです。
「 」
サメが逃げていくのを確認すると、今まで表情一つ動かす事の無かった彼が、ニィと口の端を吊り上げて心底楽しそうに嗤いながら、何かを呟いてその場を去っていきました。
「何て言ってた?」
「……だい、せいこう?」
サメ相手に動揺する事もなく、自分を囮にしてサメを魔法の実験台に利用した。
そんな無謀な事を、僕達の目の前で彼はやってのけたのです。
「へえ~なにあいつ、すげーじゃん!おもしれ~!」
「まさか兄弟の中にまだあんな方がいたとは、完全に予想外でしたね」
しばらく放心状態でいた僕達は、先程見せられた事にすっかり興奮してしまいました。
何故生き残れているか分からない位取り柄が無いと思っていた兄弟に、こんな形で印象を覆させられた事に胸が大きく高鳴り、僕達は彼の事を「面白い」と思ったのです。
早速僕達は彼に話しかける為に穴から飛び出して、彼を追いかけました。
そこまで遠くに行っていなかったようで、彼は何もない岩棚を泳いでいました。
僕が彼に声を掛けようとしたら、突然フロイドが僕の腕を掴んで尾びれを翻すと、彼が居る反対方向へ猛スピードで泳ぎ始めました。
「えっ!?どうしたんですか?」
「背ビレがぞわぞわする!早く逃げないと間に合わない!」
驚いたまま腕を引かれる僕に対して、フロイドの顔は先程の興奮した表情とは打って変わって、酷く切迫したものでした。
フロイドの勘はよく当たり、彼が「背ビレがぞわぞわする」と言った時は、決まって命がかかわる程大変な事が起きていました。
大きな岩が沢山落ちて来たり、岩陰の中に危険な毒クラゲが隠れていたり、先程のサメの群れもフロイドが察知していました。
僕もそれに何度も助けられていたので、彼の勘を信頼していました。
「彼はどうするのです!?」
「っ、おい!逃げろ!!」
一度引き返して彼の手も引いて逃げる余裕も無いフロイドは、肩越しに振り返って彼に向かって叫びました。
フロイドの声に振り向いた顔は驚いた様に目を丸くしていましたが、声は聞こえていたみたいで、僕達に続いて泳ごうとしていました。
これから何が起こるのか分からない僕でしたが、彼が泳いでいた砂すらない岩棚を見て、ようやくフロイドが慌ててこの場から離れようとしているのかを理解しましたが、既に手遅れでした。
数十年に一度起こる、ここより遥か深い闇へ引きずり込む大きな海流。
通りすがりの大人の人魚達が話しているのを聞いた事がありましたが、ここが正にその流れが発生する場所だったのです。
突然体が吹き飛ばされそうな程の水流が、僕達に襲い掛かり、このままでは逃げ切る事ができないと判断したフロイドは、咄嗟に方向転換して上に向かって泳ぎ、完全に流される事だけは回避してくれました。
「あっ……」
聞きなれない小さな声に振り向くと、彼がこちらに向けて手を伸ばしながら海流に巻き込まれていました。
一度完全に海流に巻き込まれてしまっては最後、彼の姿はみるみる小さくなって、僕達は彼が遥か深い闇に吞まれていくのをただ眺める事しかできませんでした。
「……あ~あ、あいつ面白そうだったのに残念……もう行こ」
「……ええ。……さようなら、僕達の兄弟」
ようやく海流が収まると、フロイドは残念そうな顔をしてその場を離れていきました。
僕も落ちていった彼に一言別れを告げると、暗闇に背を向けてフロイドの後を追いかけました。
その数日後、僕達はようやく親元へたどり着き、「ジェイド・リーチ」「フロイド・リーチ」と名前を与えられました。
それから数日迎え入れられた家で、他の兄弟も待ってみましたが、誰ひとりやって来る事はありませんでした。
結局生き残って名前を与えられたのは僕達ふたりだけで、その結果僕達は双子を名乗るようになったのです。
びっくりしたねえ
ええ、驚きました
まさか生きていたなんて、思うわけないじゃん
あの海流に引きずり込まれたのにまだ生きていたとは、完全に予想外でした
ねえ、昔の兄弟
ねえ、本当の兄弟になる前にいなくなった貴方
オレ達と
僕達と
今度こそ
一緒に遊びましょう?

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