「ねえ、バイト」
「ゼエ……ハア……ああ?何だ」
「魚って、空を飛べるものなの?」
「さあ、なっ!!」
箒を持ったまま地面に座りこむスレイドは遠い目で空を見上げ、幼馴染のバイトはその隣で箒に跨って思い切りジャンプしては、地面に着地するのを繰り返していた。
今日の飛行術の授業は、隣のクラスであるD組と合同であり、課題は箒に跨って地面から一メートル浮いて、二十秒その状態をキープするというものだった。
海面から顔すら出した事無く育った二人は、本の中でしか空の存在を知らず、そもそも空を飛ぶイメージが湧かないので、一センチも浮こうともしない箒相手に四苦八苦していた。
「っだああー!!できねえー!!」
何度もジャンプして疲れたバイトは、大声を上げて地面にしゃがみこんだ。
「ふふ。いいジャンプだったよ、バイト」
「お前も練習しろよ」
バイトはしゃんがんだ状態から顔だけを上げて、スレイドにジトリとした視線を向けた。
「だって飛ぶイメージが全然分かんないんだもの。どう頑張ってもトビウオみたいになっちゃうよ」
「そんな会った事もない表層の魚を例えに出されてもな……でもまあ、確かに飛ぶイメージが分かんねえよ」
「そうだよね」
空を当たり前の様に飛んでいる鳥を眺めて、二人は地面でため息をついた。
「あ、いた。スレイド!バイト!」
「おい、引っ張るな人魚!!」
遠くから名前を呼ばれたので二人が振り向くと、先日トレインの特別補習で仲良くなったスワローが、大きな声で抗議の声を上げるディアソムニアの生徒の腕を引きながら駆け寄って来た。
「あ、スワロー」
「この前の補習ぶりだな」
笑顔で駆け寄ってくる彼に、二人も立ち上がって笑い返した。
「せっかくの合同授業だし、二人共一緒に練習しない?」
「いいよ」
「ちょうど行き詰っていた所だしな。ところで隣にいる奴は誰だ?」
バイトはスワローに連れられた男に目を向けた。
身長はスレイドよりも僅かに高く、エメラルドの固めの髪はオールバックにセットされている。
スワローに半ば無理矢理連れて来られたのが不満だったのだろう、眉と目尻がこれでもかという程吊り上がっていた。
「同じクラスのセベちゃん!すっごく飛行術上手いから教えて貰ってるの!」
「セベちゃんと呼ぶのは止めろ!!……ごほん、セベク・ジグボルトだ。セベクと呼べ」
スワローが呼ぶ可愛らしい愛称に再び大きな声を上げたが、セベクは一度咳払いをして仕切り直す様にスレイド達に自己紹介をした。
「俺スレイド、ウツボの人魚。よろしくねセベク」
「オレはバイト・クッキーカッター。ダルマザメの人魚だ、よろしくな」
「なんだ、二人共こいつと同じ人魚か」
二人が人魚だと知ったセベクは片眉を上げた。
「うん。セベクはスワローと仲いいの?」
「こいつとは同じクラスで席が隣というだけだ」
「寮でも部屋が隣なんだよ」
「ふーん、すごい偶然だな」
「おい。お喋りを続けるのなら、僕は自分の練習に戻るぞ」
「あっ、待ってよセベちゃん!」
話が長くなりそうな予感がしたセベクは、スワローに声を掛けられても無視してそのまま遠くへ行ってしまった。
「フラれちゃったね、スワロー」
「仲良くなりたいって思ってるんだけどなあ。それに「人魚」って呼んでばかりで中々名前呼んでくれないの」
小さくなっていく背中を見つめて、スワローは少し残念そうな顔をした。
「なんかクジラみたいにでかい声の奴だったな」
「あ、バイトもそう思う?」
バイトがセベクに対して独特な感想を述べると、スワローがパッと表情を明るく切り替えた。
「クジラのおじいさんの怒鳴り声に似てて、セベちゃんに怒鳴られた時つい懐かしく思っちゃうんだよね」
「スワロー、クジラと仲良かったの?」
「うん。獲物のイカを探してる時の目印になるから、時々一緒に泳いだりしてたの。みんな物知りで、色んな話が聞けるからすごく面白いの。声に直撃するとショックでしばらく動けなくなっちゃうけどね」
「確かにあの声をまともに食らったら無事じゃすまないよね」
「クジラかあ……最近食ってねえな。美味いんだけど群れ相手だと狙いにくいんだよな」
三人は海暮らし特有の会話に花を咲かせていたが、バルガスがこちらに向かっている事に気づくと、慌てて箒に跨って練習を再開するのだった。

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