「ん……」
泡がはじけるような音がした気がして、ジェイドは目を覚ました。
どうやら風呂から上がった後、フロイドの看病をしている内に椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。
スマホの電源を付けて時間を確認すると、日を跨いでからかなりの時間が経っていた。
ここで寝てしまっては自分も風邪を引いてしまうので、一度フロイドの様子を確認してから自分もベッドに入ろうと思い、ジェイドは手を伸ばして眠っているフロイドの頬に触れた。
「……え?」
指から伝わって来たのは、火傷しそうな程の熱さだった。
気のせいかと思って今度は彼の首筋に手を当てると、運動した直後の様に熱く、ベットへ身を乗り出した時に、たまたま反対の手が潜り込んだ布団の中もかなりの熱が篭っていた。
机の上のライトスタンドを点けて彼の布団を少しだけ捲ると、ムワリと籠っていた熱がこちらにまで伝わってくる。
布団の下のフロイドの身体はどこに触れても熱く、血の気が引いていた顔は、今は風呂上がりの時の様に真っ赤に染まっている。
寝顔は眠る前に比べると穏やかだが、肩を上下させながら数時間前よりも苦しそうに息を繰り返していた。
「フロイド……」
ジェイドはフロイドの額にあるタオルを変えると、彼の手を取って自分の額に押し付けた。
もし飛行術の授業の時に大事を取って休ませていれば、昼休みの時にフロイドを探しに行っていれば……いや、もっと前からあったかもしれない体調を崩すサインを気づけていれば、フロイドはここまで苦しむ事は無かったのではないか、そんな考えが後悔となって頭の中でずっと渦を巻いていた。
本当に苦しいのはフロイドなのに、自分も胸が締め付けられる様に苦しい。
フロイドの手はどこにも力が入っておらず、ふとした瞬間に自分の手からすり抜けてしまいそうだ。
今自分が手を離したら、本当にフロイドが手の届かない遠くへ行ってしまいそうで、ジェイドは決して手を離さないように両手でフロイドの手を握りしめて、祈る様に彼の名前を呼び続けた。
何度も呼び掛けていたら、ジェイドが握っていたフロイドの手が突然ビクリと跳ねた。
起こしてしまったかと、ジェイドは彼の顔を覗き込んだ。
「フロイド?」
様子がおかしい。
フロイドはうっすらと目は開けていたが、声を掛けても薄く開いた口から荒い息を吐くだけで反応が無い。
夕方にトイレで彼を見つけた時と違って酷くぼんやりしており、ジェイドが彼の頬に手を当ててこちらに顔を向かせても、いつまで経っても焦点が合わない。
彼が眠る前までは大量の汗を掻いていたのに、高熱をだしている今では全く汗を掻いていない、おそらく体温調節の機能も正常に働いていないのだろう。
今までに見た事の無い片割れの異常事態にジェイドが動揺しているうちに、ジェイドが握っていたフロイドの手が不自然に震え始め、慌てて全部の布団を捲ると手足全体にそれが広がっていた。
「フロイド……フロイド、フロイドッ!フロイドしっかりしてください!!」
ジェイドがフロイドの名前を叫ぶように呼んでも、彼の痙攣は止まらない。
フロイドが身体を震わせる姿は、かつて幼い頃に沢山いた兄弟達が大きな魚に身体を食われて、死ぬ間際にビクビクと身体を跳ねさせる姿に似ていて、ジェイドは自分の心臓が凍り付く様な心地がした。
「いやだ……」
ジェイドから零れたのは、自分自身でも信じられない程の弱々しい声だった。
「嫌です、フロイド……いや……いやだ、死なないで、置いて逝かないで!!」
ジェイドはフロイドの胸元に縋りついて、彼の身体を揺さぶった。
死にそうになっている片割れを目の当たりにして、ジェイドはすっかりパニックになっており、相手が病人にも関わらず兄弟の身体を何度も強く揺さぶった。
その時肘に何かが当たって、ガチャンと音を立てて床に落下した。
「あ……」
床に落ちたのはジェイドのスマホで、同時に思い出したのは幼馴染の顔だった。
アズールは自分の部屋に戻る時に、何かあればいつでも遠慮なく連絡するようにとジェイドに伝えていた。
少しだけ冷静さを取り戻したジェイドは、震える手でスマホを操作して、アズールへ連絡を掛けながらどうか電話が繋がるようにと、藁にも縋る思いでコール音を聞いていた。
「もしもし」
「あ……アズール……」
「……ジェイド?」
聞き馴染みのある声を聞いて、ジェイドの中で何かがふつりと切れて、気が付いたら涙を流していた。
「アズール……フロ、フロイドが。僕、どうしたら……た、たすけてっ!」
「っ……落ち着けジェイド、何があったんです」
滅多に聞かないジェイドの切羽詰まった声に、アズールは息を飲んだが、彼は努めて冷静な声でジェイドに状況を尋ねた。
「さっきと比べ物にならないくらいすごく熱くて、声を掛けても応えてくれなくて、手足がガクガクと震えているんです。このままじゃ……フロイドが死んでしまいます!」
「すぐにそちらへ向かいます。大丈夫だ、フロイドが簡単に死ぬわけがない。それはお前が一番分かっているでしょう」
「アズール……」
「今すぐに行きますから、落ち着いて待っていなさい」
「……はい」
スピーカーから聞こえる声を聴きながら、ジェイドは次から次へと流れる涙を、自分の手の甲で何度も拭った。

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