「う……んん?」
暗い海から水面に浮かび上がる様に、フロイドは目を覚ました。
霞んだ視界に何度か瞬きすると、徐々に像が結ばれていき、全く見た事がない真っ白な天井が視界いっぱいに広がった。
「なに、ここ……」
考えようとしても、全身に篭っている熱と酷い倦怠感で頭がいつも通りに働いてくれない。
あれだけ酷かった腹痛は今は鳴りを潜めており、僅かな違和感が残るだけになっている。
視界の端にスタンドに吊るされた袋に入った液体が、細い管を伝って自分の腕に入っていくのが見えて、ここが病院だとようやく気が付いた。
それから時間をかけてようやく像を結んだ天井の模様を眺めながら、フロイドは何があったのかを思い返した。
午前の授業が終わった直後、フロイドは突然の激しい腹痛と下痢に襲われて、力を振り絞ってジェイド宛にメッセージを送った後、寮の自分の部屋のトイレにずっと篭っていた。
息をするのも辛い腹痛の中、意識を失いそうになった所でジェイドに見つかって、その後でアズールが部屋にやって来て、三人で夕食を食べてからの記憶がプッツリと途切れている。
眠っている間、ずっとジェイドに名前を呼ばれていた気がするけれど、その頃にはフロイドは起きて返事を返せる状況では無く、その辺りの記憶は酷く曖昧だった。
フロイドはふと身体を動かそうとすると、自分の片腕が全く動かせない事に気が付いた。
温かくて重たい物が乗っている感触に目を向けると、ジェイドが自分の腕に覆いかぶさるようにして眠っていた。
「ジェ…ド?」
「ん……っ、フロイド!!」
フロイドが掠れてほとんど音にならない声で名前を呼ぶと、ジェイドは少し身じろぎをしてから弾かれる様に目を覚まして起き上がった。
それからいきなり至近距離で大声を出されて、目をパチパチしているフロイドに気づくと、眉をㇵの字にしてペタペタと片割れの顔を触り始めた。
「フロイド、具合はどうですか?苦しかったり、痛い所はありませんか?」
「あー……うん。すげー熱くてだりぃけど、お腹痛いのはマシになった」
「そうですか……よかった」
ジェイドはホッと息を吐いて、そのまま脱力するように椅子に腰掛けた。
「オレ、どーなったの?」
「下痢と発汗による脱水症状で、夜中に高熱を出して痙攣を起こしたんです。……あなた病院に運ばれてから丸一日、目を覚さなかったんですよ」
「そうなんだ……」
道理で声が出しづらい訳だと、喉が張り付いた感触にフロイドが一人納得していると、ジェイドは再びフロイドの手を取って自分の額に押し付けた。
「ジェイド?」
フロイドがジェイドの名前を呼んでも、彼は何も答えずにただフロイドの手に自分の額を押し付けている。
今彼の顔は、フロイドの手を包んでいる彼の両手に隠れてしまっている。
深く頭を垂れている姿は、人間が行う神への祈りの様にも、懺悔の様にも見えた。
「ごめんなさい……ごめんなさいフロイド。僕がもっと早くあなたの異変に気付いていれば、もっと早くあなたの側にいてあげれば……こんな事にはならなかったかもしれないのに」
「ジェイド」
フロイドはジェイドの名前を呼ぶと、重たい身体に力を入れて身を起こして、ジェイドに握られていた手を伸ばすと、彼の後頭部に手を添えて、ゆっくりと横になっている自分の胸へと抱き寄せた。
「フロイド?」
「ジェイド……怖かったねぇ」
「……え?」
「ずうっとオレの名前呼んでくれてたでしょ?」
ジェイドは抱き寄せられたまま、そのまましばらく固まっていたが、自分の頭を撫でるフロイドの優しい手の感触と、力強く脈打つ鼓動の音にカッと目頭が熱くなった。
「っ……っふ……うぅ……」
一度涙が零れたら簡単に止められる物でもなく、フロイドの胸元にはじんわりと温かい湿り気が広がっていった。
「……怖かった。あなたがいなくなってしまいそうで……ずっと、怖かったんです……!」
「そうだねぇ、心配かけてごめんねジェイド」
フロイドはジェイドが落ち着くまで、ずっと彼の頭を撫で続けていた。
「……ねえ、ジェイド。オレすぐに身体治すからさ、そしたらいっぱい楽しい事しよう?だからちょっとだけ待っててよ」
「……ええ、フロイド。体調が戻ったら、また沢山遊びましょうね」
しばらくしてようやく落ち着いて顔を上げたジェイドは、目元や鼻を赤くしながら、いつもより不器用な笑顔を見せた。
それから部屋に入って来たアズールが、目を覚ましたフロイドを見て涙目で抱き着いたのは、まだ数十分後のお話。
2022年5月8日 Pixivにて投稿

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