「之定ー、国広……あー、山姥切の方の国広見てねえか?」
遠征先でするべき事が一段落して、そろそろ本丸へ帰還しようとしていた遠征部隊の隊員の歌仙兼定は、同じく遠征部隊隊員の和泉守兼定に声を掛けられた。
彼が「国広」と呼ぶのは主に彼の脇差である堀川国広だが、今この部隊に彼は編成されていない。
なので和泉守は明後日の方向を向いて名前を言い直し、己の脇差の兄弟刀である山姥切国広の所在を尋ねた。
「国広?……が、どうしたんだい?」
「そろそろ帰るってのに、姿が見えなくなっちまったんだよ。……あいつこの時代に遠征に来ると、たまに姿を消すんだよな。一体どこをほっつき歩いてるんだか」
国広を探すのにそれなりの時間を費やしているのか、和泉守は呆れ半分の顔で、頭を掻きながら辺りを見渡している。
遠征は二手に分かれて行動していたので、国広とは別で行動していた歌仙は、別れてから合流した今まで、国広の姿を一度も見ていない事に気が付いた。
「そういえば僕も彼の姿を見ていないな……少しこの辺りを歩いて探してみるよ」
「ん、頼むわ。オレはこっちを探して来る」
国広を探す手伝いを申し出て歩き出した歌仙を尻目に、和泉守も歌仙が歩いた方向と反対側へ歩きだした。
「彼の事だからそこまで遠くまで行っていないだろうけど……」
歌仙は国広探しの為に、彼が行きそうな静かな所を中心に歩いた。
少し遠い所に小さな街があるが、騒がしい場所があまり得意ではない国広が、自分から賑やかな街の方には下りたりはしないだろう。
そう考えながら森の中を歩いて開けた場所へ出ると、見覚えのあるくすんだ白を視界の端に捉えた。
「おや?」
開けた場所の中心に生えている梅の木の下で、国広はただ静かに上を見上げて、白い梅の花を見つめていた。
梅の花は今の本丸でも見られるが、本丸で見られる梅の木は紅梅なので、白い梅はこういった遠征先や戦場でしか見られない。
梅を見つめて彼が何を思っているのか、彼が被っている布が全てを覆い隠している。
歌仙は彼を驚かせないように近づいて、声量を抑えて名前を呼んだ。
「国広」
「歌仙」
声に気づいた国広は、ハッと我に返って振り返った。
パチパチと目を瞬かせる仕草がどこか幼く見えて、歌仙は和やかな心地で微笑んだ。
「和泉守が探していたよ。そろそろ本丸に戻るそうだ」
「すまない、すぐに行く」
「随分と熱心に梅を見ていたようだね」
「ああ。……少し、昔を思い出していた」
「昔?……詳しく聞いてもいいかい?」
歌仙が詳細を尋ねると、国広は「大した事でもないんだが……」と前置きしながらも、ぽつぽつと話し始めた。
「……昔、こんな風に下から見上げた満開の梅の様な鞘だった時があったんだ。あんたと同じ肥後拵の」
「梅の花……となると、梅花皮の鞘かい?」
「ああ。……長尾顕長よりもずっと後の主が拵えてくれたんだ。丁子色……いや、江戸茶の色だったか、とにかくそんな色の下緒がついていた」
国広は遠い過去に思いを馳せて、もう一度梅の木を見上げた。
「足利で本歌と共に展示された時にも、別室で一緒に展示されていた。……ちょうどその時にも梅が咲いていたから懐かしいな、と……そう思ったんだ」
やわらかく目を細めている国広の横顔を見るに、本歌と共に展示された思い出は悪いものでは無かったようだ。
「さあ、そろそろ本当に戻ろうか。その拵を差した君の姿、ぜひ見てみたいものだね。満開の梅の木の下で見られたら、さぞ見事だろうな」
「なっ!?……どうだかな」
国広の背に手を添えて帰路へ促しながら、歌仙が微笑みながら正直に気持ちを伝えると、彼は一度目を丸くして頬を赤く染めた。
その顔を隠すように、国広はすぐに歌仙から目を逸らしてフードを引き下げると、歩く速度を上げて他の隊員が待つ場所へ向かった。
その夜、歌仙は夢を見た。
月も星も見えず、自分が立っている地面すらも見えない暗闇の中、一本の大きな満開の白梅の木が、闇の中から浮かび上がるように遠くに佇んでいた。
散り際に差し掛かっているのか、梅の木からは時折花が一つ、二つとこぼれ落ちている。
梅の木に近づこうと歩いてみたが、まるでその場所に立っていろと言われんばかりに、木との距離は一向に縮まらない。
仕方が無いので、歌仙はその場に立ち止まり、梅の木が花をこぼす様を眺め続ける事にした。
しばらくそうしていると、ふと落ち着いた色合いの着物に身を包んだ若い男が、歌仙の背後からすり抜けるように現れた。
音もなく現れたので歌仙は驚いたが、男は何も言わずに、ただ梅の木の方へ歩いていく。
歩く度に揺れる金の髪、すっと伸びた背筋、不必要に音を立てない静かな歩き方、その一つ一つが惹きつけられる。
男の顔を見ていないのに、その後ろ姿だけでも歌仙は彼を美しいと思った。
梅の木の下に辿り着いた男が振り返り、男が正体が分かった歌仙は彼の名を呼ぼうとしたが、不思議と声が出なかった。
梅の木の下に立った男__山姥切国広は、腰に差していた梅の花を纏った鞘から己の刀を抜き放ち、緩急のある動きで剣舞をし始めた。
宙を滑るような足運びで動き、刀を頭上に掲げると、刃にうっすらと梅の花の白が映る。
そして勢いをつけて刀を振り下ろされると、その風圧で周りの梅の木の枝が僅かに揺れ、半月を描くようにその場で回ると、地面にこぼれ落ちた梅の花が、袴の裾を彩るようにふわりと舞い上がった。
ふと、梅の木の下で踊る国広が歌仙に目を向けた。
彼の新緑の瞳が歌仙を射抜き、その煌めきに思わず歌仙の胸の奥が小さく跳ねる。
国広は持ち替えた刀を大きく横凪に振り抜き、それに呼応して彼を中心に大きな旋風が巻き起こった。
旋風は勢いを増して梅花を巻き込み、歌仙に襲い掛かろうとしたところで__目が覚めた。
朝餉を食べに行くためにいつもより遅い身支度を終えた歌仙は、厨へ続く廊下をややふらついた足取りで歩いていた。
あの夢の余韻に頭の中がふわふわとしていて、夢心地の状態から抜け出せない。
廊下の曲がり角に差し掛かろうとした瞬間、向こうからやって来た誰かにぶつかった。
「すまない!ちゃんと前を見ていなかった」
「いや、大丈夫だ。おはよう歌仙」
「あ……おはよう、国広」
歌仙が数歩下がって慌てて謝ると、ぶつかった相手はあの幽玄な夢に現れた美しい男の姿の面影だけを残した、この本丸にいるいつもの国広だと気づいた。
自分の不注意で彼にぶつかった事と、ぶつかった理由が国広の夢を見ていたからなので、本刃を前にして歌仙は若干の気まずさを感じていると、それに気づいていない国広はいきなり歌仙の髪へ手を伸ばした。
「歌仙、寝癖がついているぞ」
「えっ」
国広が触った部分の頭頂部の近くの髪が跳ねていたらしい。
国広が髪を整えてくれるまで歌仙は大人しくしていると、不意に国広が小さく笑った。
「……あんたがそんなに呆けているなんて珍しいな。夢でも見ていたのか?」
髪の間を滑る指の感触と、その指先から伝わって来る彼の温度。
あの夢の中の国広は温度を全く感じさせなかったが、目の前の本物の国広はちゃんと温かい。
本物の彼の指と温度のお陰で、歌仙はようやくちゃんと夢から覚めた気がした。
「そうだね。昨日、夢を見たんだ。……とても美しかったよ」
歌仙は目を閉じて、遠くなっていく夢の世界で舞う彼の姿を、今一度瞼に浮かべた。
2025年3月9日 Pixivにて投稿

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