「やあっと終わったぜ……」
「疲れたねえ」
「疲れたけど、全然分かんなかった授業の内容がやっと分かって、すっきりした方が大きいかな」
一時間の特別補習が終わって、三人は教室から出た。
バイトは眼鏡を外して眉間を揉み、スワローは首や肩を揉んで疲れた様子を見せたが、反対にスレイドは面白い話でも聞いていたみたいに、取っていたノートを眺めながらいきいきとした表情をしていた。
補修の内容の感想を話している内に、いつの間にか三人は打ち解けていった。
スワローの明るくテンポのいい会話の回し方に、二人も笑いながら相槌を打ち、時々スレイドが冗談を言ってはバイトがそれにツッコミ、スワローがそのやり取りを聞いては笑った。
「あはは、おっかし~!あ、そういえばスレイド。それ暑くないの?」
ひとしきり笑って目尻の涙を指で拭ったスワローは、スレイドが被っているフードを指さした。
スレイドの髪はぎりぎり肩近くまでの長さがあり、長くも短くも無い。
しかし髪の毛を下ろした状態でフードを被っているスレイドを見ると、かなり暑いのではないかと先程からスワローは感じていたのだ。
彼はしばらく目を瞬かせていたが、ようやく意味を理解して「ああ、これ?」と言いながら自分のフードを掴んだ。
「サングラスと一緒で、できるだけ目が眩しくならない為に被ってるんだけど、正直すっごく暑い。それに汗かくと髪の毛が首にくっついてくるのが気持ち悪くて嫌かな」
「髪の毛を結んでみたら?涼しいし、楽だよ?」
「んー……」
スワローが自分の髪を一房つまんで見せると、スレイドは間延びした声を出しながら宙を見上げた。
「爺さんが髪結んでるのは見た事あるけど、興味なかったから俺やった事ないしなあ……」
「じゃあワタシやってあげる!あっちの木陰に座って?」
スワローはスレイドの手を引いて近くの木陰に座らせると、彼の後ろに回って持っていた自分の櫛で彼の髪をとかし始めた。
バイトは無言でスレイドの隣に座ると、両手を頭の後ろに組んで木にもたれかかりながら、物珍しそうな目で二人の様子を眺めた。
「スレイドの髪の色綺麗だね。明るい海の色みたい」
木漏れ日に反射してきらきら光るターコイズブルーの髪を手ですくって、サラサラと重力に沿って落ちていく様子を、スワローはうっとりと眺めた。
スレイドはそれがくすぐったかったのか、少し肩をすくめてクスクスと笑った。
「クスクス、ありがとう。俺のいた所だと目立つ色だったから、獲物をおびき寄せるのに便利なんだよね。スワローは珍しい髪の色してるね」
スレイドが振り返ると、スワローは少しだけ困った様な表情をしていた。
「ワタシのこの髪、海では中途半端に見える色らしいから、実はあんまり好きな色じゃないの。……深海魚達にも変な髪の色だって馬鹿にされてたし」
「そうなの?」
「本当は昔話に出てくるお姫様みたいな真っ赤な髪とか、バイトみたいな綺麗な黒髪になりたかったのよ。どっちも深海なら見えにくい色でしょ?」
「オレの髪?」
いきなり自分の事を取り上げられて、バイトは目を丸くして身を起こした。
「うん。黒髪って陸だとカラスの羽みたいで綺麗じゃない、陸に上がってから初めて知ったけど」
「……綺麗かどうかは分かんねえけど、オレの髪って確かに海じゃあほとんど見えないらしいな。小魚のフリをしたい時には便利だぜ。けどお前の髪だって綺麗な色じゃねえか」
「え?」
思ってもみない言葉を返されて、スワローは驚いて髪を梳く手を止めた。
「陸の花の色みたいだ」
「綺麗な珊瑚みたいな色だもんね。俺達じゃ行くのは難しいかもしれないけど、浅くて明るい海で見たらすごく綺麗だと思う」
「……」
二人の言葉を聞いて、急に何も話さなくなったスワローを不思議に思ったスレイドは顔を上げると、目を丸くしたまま顔全体を真っ赤に染めていた。
「スワロー?」
「どうした?」
バイトも不審に思ってスワローに声を掛けると、スワローは口の端を引き結んで、赤くなった頬を冷ますように自分の手をパタパタとあおぎ始めた。
「あ……うん。なんか、それ聞いてたらこの髪も好きになれるかも……はい、できた!」
消えそうな声でスワローが呟くと、すぐに切り替えてスレイドの髪を髪ゴムで手早く後ろにまとめた。
首に纏わりついていた髪の感触が無くなって、スレイドが不思議そうに首を振っていると、スワローは小さく笑いながらポケットに入っていた鏡を渡して、自分の顔を見せてくれた。
今まで髪を結んだ事が無かったスレイドは、見た目の印象が変わった自分を見て、面白そうに鏡に映った自分の姿を覗き込んだ。
「わあ、何か変わった。首もスッキリしたし、いつもの俺じゃないみたい」
「おお、髪型って変えると随分と印象が変わるんだな」
「バイトもやってみる?」
髪型が変わったスレイドの頭を興味深そうに指先で突っつくバイトに、スワローが櫛と鏡を見せると、彼は小さく笑って首を横に振った。
「いや、オレはいいよ。結べるほど髪の毛長くねえし」
「前髪を変えるだけでも印象結構変わるよ?」
そう言ってスワローは、手だけでバイトの前髪の分け目を少しいじって、彼の額が見える面積を増やした。
「どうだ?」
「なんかいつもと違う。でもそっちのがいいな」
「バイト、鏡見てみる?」
「ああ」
バイトはスレイドに感想を聞いてから、スワローに鏡を借りて自分の顔を確認した。
少しだけ変わった自分の髪型を見て、落ち着かない感じに自分の前髪をつまんで、笑うのを失敗したように口の端を歪ませた。
「ん……これだったらオレにもできそうだな」
「うん!似合ってるからやってみて」
「スワロー、俺もこれできるようになりたいから教えて?」
「もちろん!」
スワローにしてもらった髪型を気に入ったスレイドは、彼に髪の毛の結び方を教えてもらい、それ以来自分で髪の毛を結ぶようになり、バイトも時折鏡の前で自分の前髪をいじるようになった。
2022年6月15日 Pixivにて投稿

コメント