「うわ、なんだこれ!真っ白じゃねえか」
スレイドに腕を強引に引っ張られて、渋々外へ出たバイトは、一夜で一変した外の景色に目を剥いた。
「そうなんだけど、それより上見てよ。降って来てるやつ」
「分かった、分かったから叩くなって!」
自分の腕をバシバシ叩くスレイドを自分から引き剥がして、バイトはようやく上を見上げた。
「……これが、プランクトン?……初めて見た」
初めて見る物にバイトは両手を宙に差し出して、小さな吐息を漏らした。
そして空を見上げたまま、そのまま大きく口を開けて落ちて来た白を口に入れた。
「あっ。いきなり口に入れるなんて、お腹壊しても知らないよ?」
「少しくらいなら大丈夫だろ、そんなヤワな胃袋してねえよ」
バイトはスレイドを軽くあしらいながら、しばらく俯いて口をもごもごと動かしていると、彼は眉間にシワを寄せて首を傾げた。
「……バイト、それおいしい?」
スレイドがバイトの反応を伺うと、彼は小さく唇を舐めて親指で軽く口の端を拭った。
「……これ本当にプランクトンか?味もしねえし、ちょっとひんやりしてすぐ消えるし、雲が剥がれて落ちて来てるだけじゃねえのか?」
「そんな事無いよ。プランクトンの死骸って、いつもこんな感じで落ちて来てるもの。やっぱり陸だから落ち方も形もちょっと違うけど」
「じゃあそうなのか。陸のプランクトンってひんやりしてるんだな」
「プランクトンって……お前ら雪見た事ねえのか?」
背後からの低い声に二人が振り向くと、サバナクローの制服に寮の色のマフラーだけ巻いた、褐色肌でスレイドより少し背の高い男が呆れ顔で腕を組んで立っていた。
「雪?」
「プランクトンじゃないの?六角形のトゲトゲしたやつじゃないけど」
「は?……六角形のトゲトゲ?」
褐色の男は訳の分からない事を言い出したスレイドに、片眉を上げた。
「ええっと、描くものないかな……あ、あった。ちょっと待ってて」
言葉で上手く説明できないスレイドは、辺りを見渡して手頃な枝を見つけると、真っ白な地面に自分が思い浮かべている六角形のトゲトゲの絵を描き始めた。
「ジャッククンお待たせ。……って、あれ?この人達は?」
いきなり地面に何か描き出したスレイドに男が戸惑っていると、彼の背後からもう一人、ポムフィオーレの制服に淡い紫のマフラーと手袋を身に着けた中性的な青年がやって来た。
「いや。知らねえ奴らだけど、あそこにしゃがんでる奴がプランクトンとか六角形のトゲトゲとか訳分かんねえ事言い出して……」
「二人とも合同授業かなんかで見た事ある顔だな……なあ、あんた達確か同じ一年だよな。あんた達誰だ?」
「それはこっちのセリフだ」
バイトが尋ねると、長身の男が腕を組んで突っ返した。
「ああ。まあ、そうだな悪かった。名前を聞きたければ先にジコショウカイするのが礼儀ってやつだよな。オレはバイト・クッキーカッターで、あっちにしゃがんでるのがスレイドだ」
「ボクはエペル・フェルミエ。よろしくね」
「……ジャック・ハウルだ」
「よろしくな。それで、あんた達これ何か知ってるのか?」
「何って……雪に決まってるだろ」
バイトが空から降ってくる白を指さすと、ジャックはさも当然とばかりに答えた。
「雪。大気中の水蒸気が冷やされて生成された氷の結晶が降ってくる現象。……だったか?あいつが昔読んでた辞書にはそう書いてあったらしいけど」
「なんだかオルトクンみたいな言い方だね。もしかして、雪を見るのは初めて?」
「ああ、陸で見た物は全部生まれて初めて見た物ばっかりだ。……なるほど、これが雪なんだな。どおりでプランクトンにしては味がしねえと思ったぜ」
「よし、できた」
地面に何かを描き終えたスレイドが戻ってくると、いつの間にか来ていたエペルに目を丸くした。
「あれ?増えた。……あんた達だれ?」
「聞いてなかったのか?こっちがジャックで、こっちがエペル。二人とも同じ一年だ」
バイトが二人を指さしながら紹介すると、スレイドは口の端を少しだけ持ち上げて微笑んだ。
「ジャックとエペルだね。俺スレイド」
「よろしくね、スレイドクン」
「で、さっきから何描いてたんだ」
「あ、そうだった。雪ってこれじゃないの?」
ジャックに聞かれると、スレイドは思い出したように手を叩いて、先程まで自分の絵が描かれた地面を指さした。
そこには細かい模様まで美しく描かれた「六角形のトゲトゲ」が描かれていた。
「ほら、こんな感じのやつ。絵本に描いてあった雪はこんな感じだった」
「わあ!スレイドクン絵上手いね。すごく綺麗な雪の結晶」
「なんだ。トゲトゲって、雪の結晶の事か」
「えっ、雪ってこれじゃないの?」
エペルが感嘆の声を上げるのを余所に、ジャックが見覚えがある物の絵に拍子抜けしていると、今度は逆にスレイドが驚いて目を丸くしてジャックを見上げた。
「本当に知らないのか?ほら、ジャケット見てみろ。よく見たら雪の結晶が集まってるだろ、これが雪だ」
ジャックに促されてスレイドとバイトが彼のジャケットの腕の部分を覗き込むと、彼のジャケットには降って来た雪が付いていた。
「確かによく見るとなんか薄っぺらいのが集まってるな」
「……あっ、本当だ。雪ってトゲトゲが集まってできてるんだ。思ったより小さいし、すぐ無くなっちゃうけど、よく見たらいろんな形があるんだね。海じゃこんな感じにプランクトンが降って来るから、てっきりプランクトンの死骸だと思っちゃった」
黒い布地に映える白い結晶の集まりにバイトは目は丸くなり、スレイドは雪が今までの自分のイメージと大きく離れていた事に驚いた。
「もしかして……スレイドクンが言ってるのって、マリンスノーじゃないかな」
「「マリンスノー?」」
エペルが言った聞きなれない言葉に、雪を知らなかった人魚二人は揃って首を傾げた。
「ああ、あの海の雪って言われてるやつか」
「うん」
「なんだ?そのマリンスノー、ってのは」
マリンスノー知っているジャックへ頷くエペルに、対してそれを知らないバイトがもう一度尋ねた。
「さっきスレイドクンが言った通り、プランクトンの死骸とかが深海に向かって降る事で、海に降る雪って言われてるんだ」
「ふーん、陸の奴はそんな例え方するんだな」
「プランクトンの死骸が降る現象にも名前があるんだね」
「スレイドクンは聞いた事ない?」
「うーん……」
エペルに聞かれて、スレイドは思い返す為に口元に手を当てて俯いた。
「……一度爺さんに聞いた事あるけど、「プランクトンの死骸が降ってきてるだけだ、現象の名前なんざ知らん」って言ってた気がする」
「あはは……まあ結構最近知られるようになった言葉だし、スレイドクンのお爺さんが知らないのも仕方ないかもしれないね」
スレイドが爺さんの真似すると、エペルはそのぶっきらぼうな答え方に思わず苦笑した。
「……あ。なあスレイド。昔爺さんこれの事「海からの恵み」って言ってなかったか?」
「そうだったっけ?」
「ほら、中々獲物を見つけられなくてオレが腹減ったってぼやいてた時だよ」
「あ、そうだった。大分前だったから忘れかけてた」
「海からの恵み?」
二人の会話に入っていた知らない言葉に、今度はエペルが聞き返した。
「ああ。爺さん昔、「プランクトンが降ってくる所で口を開けてたら多少なりとも空腹が紛れる。これは儂ら深海魚が生きる為の海からの恵みだ」って言ってたんだ」
「へえ、海からの恵みか……いい言葉だね」
「……なあ、さっきから聞いてて気になったんだが。お前らどこの出身なんだ?雪も知らねえし、爺さんが深海魚って、人魚か何かなのか?」
雪をプランクトンと間違えて認識していたり、彼らの爺さんの話の内容を聞いて、ジャックは先程からずっと気になっていた事を尋ねた。
「俺達船の墓場から来たんだ」
「船の墓場?……知らない場所だな、どの辺りの国なんだ?」
「国じゃないよ。多分地図にも載ってないと思う」
「えっと、小さな村みたいな所なの?」
頭に浮かべた世界地図のどこにもない土地の名前に、ジャックとエペルは首を傾げた。
「いいや。潮の流れの都合で沈没船が集まってる場所ってだけなんだ。ちなみにオレはダルマザメ、こいつはウツボの人魚だぜ」
「ウツボって……噂には聞いてたが、お前本当に二年のリーチ兄弟の弟か親戚なのか?」
「あ、その噂僕も聞いた事ある。二年生のリーチ兄弟に似ている一年生が入ってきたって、マジフト部の先輩が言ってた。君がそうだったんだ」
「……俺とあいつらってそんなに似てる?しょっちゅう聞かれるけど俺もよく分かんない」
「どういう事だ?」
「兄弟がいたのは覚えてるけど、その中にあいつらがいたか覚えてないから分かんない」
「海じゃそう珍しい事でもねえだろ。なあジャック、これってプランクトンみたいに食えるのか?」
既に聞き飽きた質問に、スレイドが若干うんざりしながらいつも通りの答えを返し、バイトは雪を指さして話を逸らした。
「チリとか埃とか入ってて汚いから、食ったら腹壊すぞ」
「えっ!?やばい、さっき食っちまった……」
「お前既に食ってたのか……」
「あーあ、だから俺言ったのに。お腹壊しても知らないよって」
既にそれを実行していてサッと顔を青くするバイトに、ジャックは呆れた目を向け、スレイドはクスクス笑いながら便乗して揶揄った。
「でも食べたのがほんのちょっとなら大丈夫じゃないかな、僕も小さい頃食べちゃった事あるから」
「なんだ、つまんない」
「「なんでお前は残念そうなんだ」」
エペルのフォローにスレイドが残念そうな素振りを見せると、ジャックとバイトが揃ってツッコんだ。
「……あ、そうだ。ねえエペル、『雪だるま』ってこれで作れるの?俺絵本読んでて、六角形のトゲトゲからなんであの丸いのができるのか不思議だったんだ」
「うん、できるよ。作ってみる?」
「うん」
エペルのお手本を見ながらスレイドは雪だるまを作り始め、それを後ろで見ていたバイトとジャックも、二人に付き合う形で雪をかき集め始めた。

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