部活が無い日の放課後。
オクタヴィネルの一年生のスレイドは、愛用のスケッチブックを持って中庭を散歩をしながら、スケッチの対象物を探していた。
美術の授業でルークに色鉛筆の塗り方を教えてもらったのをきっかけに、スレイドは授業以外でもスケッチをするようになった。
ジッと対象を細部まで見つめると、思わぬ発見や気づきに出会えるし、頭を空っぽにして時間を忘れて作業にのめり込む感覚がスレイドにとっては心地いい。
そしてそれは海にいた時から趣味だった散歩と相性が良く、今では気が向いた日の放課後に学園を散歩しながらスケッチをする立派な趣味に進化していた。
「……あれ?」
スレイドは林檎の木の下で動物が固まっているのを見つけて、足を止めた。
ウサギにリス、そして小鳥が数羽、何かを取り囲むように集まって眠っている。
その光景の珍しさから、スレイドは気配を消して静かにその動物達に近寄った。
動物が逃げない程度の距離まで近づくと、その真ん中に人間が仰向けに横たわっている事に気がつき、スレイドは少しだけ背伸びをして、それが一体誰なのかを確かめようとした。
「爺さんの目と同じ色の髪の毛だ……寝てるのかな」
動物に囲まれていたのは、隣のクラスの友人達と同じ、ディアソムニア寮の制服を着た銀髪の青年だった。
鼻筋が通った凛々しい顔立ちで、静かな寝息を立てながら、動物達と一緒に穏やかな表情で眠っている。
腹の上に両手を乗せた状態で木の根元に横たわっているので、上から降り注ぐ木漏れ日と、彼を囲う動物達のお陰でまるで一枚の絵画の様になっていた。
「…………」
スレイドは無言でスケッチブックを開くと、その白の上に鉛筆を走らせ始めた。
これだけ絵になっている状態で、何も描かないのは少しもったいないと思ったのだ。
すると彼の胸の上で寝ていた鳥が、起きてこちらに顔を向けた。
飛んでいってしまうかなと思って、スレイドは動きを止めて息を詰めたが、鳥はこちらを見つめて首を傾げるだけで、彼の上から動こうとはしない。
どうやら小鳥は、スレイドを外敵とは判断しなかったようだ。
「静かにしてるから、ちょっとここで絵を描かせてね」
動物言語学の授業でも鳥語はまだ習っていないので、スレイドは小さな声で鳥に話しかけながら微笑みかけた。
「起きないなあこの人……こんなに近づいても起きないなんて、変わってる」
下書きも終えて色鉛筆で簡単な色も付け終わった頃、スレイドは絵を描く手を止めて未だに眠っている青年に近づいて、彼の顔の近くにしゃがみ込んだ。
遠くでは部活を終えて寮に戻る生徒の話し声が聞こえているので、スレイドがここで絵を描き始めてからかなりの時間が経っている。
空もオレンジに染まり、一緒に眠っていた動物達も自分の巣へと帰っていった。
静かな深海に住んでいたスレイドは、暗闇の中いつ襲ってくるか分からない敵を常に察知しないといけない環境で生きていた為、基本気配や物音に敏感な方だ。
普段寮で寝ていても、廊下に響く足音で目が覚めてしまう事もある。
なので動物が近くで動いても、スレイドが至近距離で覗き込んでいても、全然目を覚まさない彼を珍しいと感じていた。
このまま彼を放って寮に帰っても構わなかったが、勝手に彼の絵を描いていた事もあったので、スレイドは思い切って彼を起こしてみる事にした。
「ねえ」
「ん……」
試しに声を掛けてみたが、青年は小さく呻りながら顔を背けただけで起きる気配はない。
「ねえ、起きて」
今度はもう少し大きな声を掛けながら、痛く無い程度に彼の肩を叩くと、うっすらと目を開けた。
「あんた寝るんだったら自分の巣に帰ったら?食べられても知らないよ」
「……はっ!?」
青年は目を開けてもまだぼんやりとしていて、今にもすぐ目を閉じてしまいそうに何度か瞬きをしていたが、突然目をカッと見開いて跳ね起きた。
「あ、起きた」
「もう夕方か。はあ……またやってしまった」
キョロキョロと辺りを見渡して、今が夕方だとようやく気づいた青年は、ため息をつきながら額に手を当てて軽く俯いた。
「随分と長いお昼寝だったね」
スレイドが声をかけると、彼はようやくスレイドの存在に気づき、オーロラシルバーの瞳は少しだけ丸くすると、すぐに凛々しい眼差しに戻った。
「起こしてくれてありがとうジェイ……いや、フロイ……どっちだ?」
「どっちも違う、俺スレイド」
「スレイドか。同級生に似ている奴がいるから、つい勘違いをしてしまった」
「よく間違われるよ。全然違うのにね」
ジェイドとフロイドを『同級生』と言ったので、彼は二年生なのだろう。
彼らの事を身近に感じている分、スレイドを彼らと間違えてしまうのは仕方がないかもしれないが、周りから散々聞いた言葉に、スレイドは自分の膝に頬杖をついてため息をついた。
「すまない。これから急ぎの用事があるから、また改めて礼を言わせてくれ」
「別にいいよ。いいもの描かせてくれたから」
「?……そうか、ならよかった。では失礼する」
スレイドの言葉に首を傾げながらも、青年はすぐに立ち上がって足早にその場を去っていった。
「綺麗な目の人だったなあ……」
青年の小さくなっていく背中を見つめながら、スレイドは一度真正面から見た彼の瞳を思い浮かべて、ポツリと呟いた。
「シルバー!!どこにいるシルバー!!!」
「あ、セベク」
青年が去っていった反対方向から、セベク・ジグボルトが口元に手を拡声器の様に添えて、大きな声を上げながら駆け足でやって来た。
「セベク、どうしたの?」
スレイドが声を掛けると、セベクは彼に気付いて足を止めた。
「なんだスレイドか。こんな所で何をしている」
「目が綺麗で警戒心低い変わった人がいたから、その人のスケッチをしてたの。セベクは何か探してたの?随分急いでるみたいだけど」
「ああそうだった。シルバーと言う男を見ていないか?」
「シルバー。……もしかして、この人?」
「そう、そいつだ!この絵……まさかこの木の下にいたのか?」
スレイドがスケッチブックを見せると、セベクは目を剥いて描かれている青年を指さした。
絵の中の彼が眠っている木の根本の形を見て、この絵が描かれたのがこの場所だと気づいたのだ。
「うん。ここで動物に囲まれながら寝てたから、さっきまでスケッチしてたの。全然起きないから起こしたら、急ぎの用事があるってあっちの方に行っちゃった」
「入れ違ってしまったか……分かった、寮に戻ってみよう。教えてくれて助かった。……あとその絵、中々良く描けている」
「ふふ、ありがとう」
去り際にセベクに絵の出来を褒められて、スレイドはいつもより嬉しそうな笑顔を見せた。
セベクが見えなくなると、スレイドは開いていたスケッチブックを閉じて、色鉛筆を入れていたケースもまとめて脇に抱え直した。
「さて、と……いいかんじに陽が沈んで暗くなってきたから、前から気になってたあそこのスケッチしに行ってみようかな」
建物の向こうにゆっくり沈んでいく太陽を横目に、スレイドは目当ての場所へ向かって歩き出した。

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