三行半を突きつけるまたとない好機 【後編二】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機小説

「そういえば……コウキくんと一緒にいた人、大丈夫かな?」
「うん。……心配だね」

 ようやく涙が落ち着いたヒカリは、少しだけ背伸びをして部屋の中の様子を伺い、コウキも同じように部屋の中を覗いた。
あれからそれなりに時間が経ったが、部屋の中からは途切れ途切れの声が時々聞こえるだけで、その内容は聞き取れない。
時折医療隊の人が歩いているのが見えるが、その表情にはそこまでの切迫感は見えないので、クダリのケガはそこまで酷いものではないのだろう。
しかし、ただ包帯を巻き直すにしては時間が掛かり過ぎているので、コウキも心配だった。

「ねえ、コウキくん……その、あの人ってコウキくんの知り合いなの?ノボリさん……ええっと、シンジュ団のキャプテンをしてる人で、よくバトルしてもらってるんだけれど、その人にちょっと似てる気がしてて。……もしかして、ノボリさんに関係がある人かな?」
「あの人はクダリさん。ノボリさんの双子の弟で、ボク達一緒に旅をしてたんだ」
「えっ、ノボリさんの弟!?」

薄々勘づいていたものの、いざコウキから聞くと驚きが大きくて、ヒカリは思わず大きな声を出した。

「じゃあ、すぐにノボリさんに知らせないと!」
「待って、ヒカリ」

ヒカリはすぐ駆け出そうとしたが、コウキは彼女の手を掴んでそれを引き止めた。

「どうしたの?」
「アルセウスから、ノボリさんは記憶を失ってるって聞いたんだけれど、本当?」
「あ……うん、本当だよ」

コウキからの問いに、ヒカリは今のノボリの状態を思い出して、目を伏せて肯定した。

「クダリさんとノボリさん……すぐに会わせて大丈夫かな?ずっと会いたかった人に「誰ですか?」って言われるの。……分かっていても、辛いと思う」

 もし、再会したノボリからの最初の一言がそれだったら。
その時のクダリの顔を想像するだけで、胸が締め付けられる。
ヒカリの手を掴んだまま辛そうに俯くコウキの顔を見て、彼女は「それは……そうかもしれないね」と頷いて、一度彼の正面へ向き直った。

「でもね、コウキくん。あたしは大丈夫だと思うの」
「え?」

ヒカリの言葉にコウキは顔を上げると、彼女は「なんとなくだけどね」と言いながらも、力強い微笑みを浮かべていた。
 
「ノボリさんは確かに記憶が無いけれど、前に「似た男がいて、ポケモンの話や勝負をしていたような」って言ってたから、クダリさんの事を全く覚えていない訳じゃないと思う。あたしみたいに、コウキくんを見てすぐに思い出すかもしれないじゃない?まずはやってみないと、分からないよ」
「ヒカリ……」
「それでもし上手くいかなかったら、その時はあたし達から二人をポケモン勝負に誘ってみよう!クダリさんもポケモン勝負、好きなんだよね?」
「…………ははっ」

 そう言って自分のモンスターボールを構えて笑うヒカリを見ていたら、だんだん本当に大丈夫な気がしてきて、コウキは思わず力が抜けたような笑い声を漏らす。
必要以上に悲観的になっていたと、心の中で少し反省した。

「……そうだね。やってみないとわからない、か。……あっ、バトルをするなら二対二でマルチバトルとかもやってみたいな!時々組み合わせとかも変えると、楽しいかもしれないね」
「いいね、それ!きっと楽しいよ!」

 四人でポケモンバトルをする。
目を輝かせるヒカリと話しながら、コウキはその光景を頭に思い浮かべてみると、不思議といとも容易く、それも鮮明に思い浮かべる事ができた。
ポケモン達の激しいわざの衝突、一進一退の攻防、トレーナー同士の駆け引き、本気と本気がぶつかり合う真剣勝負。
想像するだけでも、思わず笑顔になってしまいそうな位に楽しくて、輝かしい光景だった。

「じゃああたし、誰かにノボリさん呼んできてもらうね。すみませーん!」

ヒカリはすぐさま近くにいるギンガ団の団員に話し掛けて、ノボリを連れて来るように頼みに行った。

「お待たせ。あの人の手当、終わりましたよ」

団員と話すヒカリの背中を見つめていたコウキは、背後から優し気な声に振り向くと、医療隊の団員のキネが部屋の入口から顔を出していた。

「クダリさんは?大丈夫ですか?」
「大丈夫、出血の割にはそこまで酷い傷じゃなかったから。傷が開かないように一週間くらい安静にしていれば、無事包帯が取れると思うわ。足に刺さってなかったのが、不幸中の幸いね」
「中に入っても、いいですか?」
「ええ、どうぞ。でも静かにね」

 キネからの許可をもらって、コウキは部屋の中に入ってクダリの様子を伺うと、彼はベッドに腰掛けて、足の装具を取り付け直している所だった。
ケガをした足は、新しい包帯が丁寧に巻かれており、その側面に片方が変形した支柱が添えられ、数本のベルトによって固定されていく。
装具を装着し終えたクダリは、血に染まったままのスラックスの裾を下ろして顔を上げると、ようやくコウキの存在に気づいてパッと表情を明るくした。

「クダリさん。……ケガ、大丈夫でしたか?」

コウキの問いに答えようと口を開きかけたクダリは、枕元にあるバッグを引き寄せて、中に入れていたスマホを取り出して、文字を打ち込んで画面を見せた。

『大丈夫。薬が沁みてちょっと痛いけど、歩けない程じゃない』

クダリがそう言って足を僅かに持ち上げてみせると、薬草らしき独特な匂いが、コウキの鼻をツンと刺激した。
 
「あ、そういえば……杖、置いてっちゃってごめんなさい。直せたかもしれないのに」

 クダリの杖は、あの場所に置いてきた。
ヒカリが撃退してくれたものの、いつ新しい野生ポケモン達が来るから分からない状況で、負傷したクダリを急いで運ぶ必要があった為、折れた杖を回収する余裕がなかったのだ。
沈んだ声でコウキが謝ると、クダリは微笑みを浮かべたまま首を横に振った。

『折れて使えなくなってたから、別にいいよ。シャンデラとイワパレスに手伝ってもらう。コウキはケガしてない?大丈夫?』
「大丈夫です。ヒカリが助けてくれましたから」
「失礼します」

 声量を抑えた声に二人が目を向けると、用を済ませたヒカリが部屋に入ってきて、二人がいるベッドへ歩いてきた。
無事な様子のクダリを見て、彼女は安心した笑みを浮かべて、自分の胸に手を当てた。
 
「よかった……思ったよりも元気そうで。初めまして、ヒカリです」
『はじめましてヒカリ。ぼくクダリ、ノボリを探す為にコウキと一緒に旅してた。少し前にケガして、身体が上手く動かせない。お話も上手くできないから、ほとんど筆談になるの許して欲しい。さっきは助けてくれてありがとう』
「いえいえ!お礼はあなたのポケモンに言ってあげてください。あたしは助けを求めてたあの子について行っただけですから」

胸の前で手を振って謙遜するヒカリを見て、クダリはニコリと笑い、しばらくヒカリの顔を見つめてから、彼女に向けてスマホの画面を見せた。
 
『コウキと沢山話せた?』
「あ、はい!……コウキくんに、ちゃんと話を聞いてもらえてよかったです」
『じゃあヒカリ。ぼくからの質問、聞いてもらっていい?』

本題に入る為にクダリが表情を引き締め、ヒカリもそれを察して表情を切り替え、佇まいを直した。

『ノボリ、今どこにいるか知ってる?』
「それなら今……」
「ショウさま。わたくしに急ぎの用と伺ったのですが、どうされたのですか?」

 部屋に入って来た人物を見た瞬間、クダリの瞳は大きく見開かれた。
その視線の先にいたのは、博物館に展示されていた物と同じ、ボロボロの黒いコート。
曲がった背中によってやや低くなった身長。
加齢によって皺が刻まれた目元に、イッシュ地方では生やされていなかった髭。
ヒスイ地方で年を重ねた姿のノボリが、クダリの存在に気づいて大きく目を見開いた状態で部屋の入口に立っていた。

「   」 

 クダリの口が小さく動いて、目の前の人物の名前が音もなく紡がれる。
それが呼び声になったのか、ノボリの指先がピクリと動いた。

「あなた、は……それに、その身体。一体何が……」
「!」

 手を伸ばして近づこうとしたノボリを見て、クダリは左足で思い切り床を踏み鳴らした。
ダアンッ、と部屋中に響いた音は、思いの外大きく、部屋にいた全ての人間を凍りつかせた。
ノボリを含め、音を聞いた誰もが、床に足が張り付いたみたいに動けなくなる。
コウキも例に漏れず、張り詰めた糸の様な空気の中で指先一つ動かせない。
 息をひそめて彼の顔を伺ってみると、音がスイッチになったのか、クダリはノボリを目にした時の表情のまま、ピクリとも顔を動かさなくなり、彼が何を考えているのか一切読み取れなくなっていた。
それ以上近づくな、もしくは何も話すな、あるいはその両方か。
怒り、悲しみ、拒絶、怯え、今のクダリの顔はそのどれにも当てはまらなくて、まるでピエロが仮面を被ったみたいに、彼の顔からは感情の片鱗すら浮かんでこない。
帽子の影が落ちた一つの銀灰色の瞳だけがギラギラと光っていて、ノボリを捉えて離さない。
別人かと思う程に纏う雰囲気をガラリと変えたクダリが、コウキには少し不気味に見えた。

「…………」
 
 この場にいる誰もが彼の挙動を注視している中、踏み出した足を軸に、クダリはゆっくりと立ち上がろうとした。
杖が無いので重心をいつもより傾けて、力の入らない右腕をだらんとぶら下げ、立ち上がろうとするだけでその身体は大きくふらついてしまう。
ノボリがクダリの身体を支えようと足を踏み出そうとすると、彼は素早くノボリの顔の前に左手を突き出してそれを止めた。
 その手に握られていたのは二つのモンスターボール。
それだけで彼の意図を理解したノボリは、ゆっくりとクダリと同じ光を瞳に宿して、差し伸べかけた手を下ろし、身体の後ろで手を組んだ。

「……ダブルバトルですね、承知しました。使用するポケモンは四匹、全てのポケモンを倒した方が勝利。それでよろしいですか?」

提示されたバトルのルールに、クダリが何も言わずに頷くと、ノボリも小さく頷いてから道を譲るように半身を斜めにずらし、上に向けた手のひらを部屋の外へ指し示した。
 
「……こちらへ。訓練場のバトルコートへご案内いたします」
 
そう言ってゆったりとした足取りで部屋の外へ出て行くノボリを追って、クダリもイワパレスを出して、イワパレスが背負う大きな岩を支えに歩き始めた。

「クダリさん、その足で歩いちゃだめです!せめてイワパレスに乗ってください!」
「足のケガが開いちゃいます!安静にしてないと駄目ですよ!」
「とぇ、ないで」

 慌ててコウキ達はクダリの前に立ち塞がって、歩くのを止めさせようとしたが、彼は一言でピシャリとそれを拒絶した。
自分達を見下ろすクダリの真剣な顔の迫力に、コウキとヒカリは何も言えずに道を譲り、ただ部屋を出て行こうとするクダリの背中を見つめる事しかできなかった。

「みて、て」

部屋から出て行くクダリは振り向きざまに、心配そうな顔をする子供達を目にして、ふっと表情を和らげて笑い掛けた。

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