三行半を突きつけるまたとない好機 【後編二】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機小説

 コトブキムラは異様な空気だった。
前を歩くノボリ、後ろを歩くクダリ、そして二人から距離を置きつつそれに続くコウキとヒカリ。
一言も話さずに真っすぐに訓練場へ歩いていく異様な組み合わせの四人組を、村人達は訝しげな視線で遠巻きに彼らを見つめていた。

「コウキくん。あの二人、実は仲が悪いって事ないよね?何も言わずにいきなりバトルするなんて」
「うん、それはないと思う。じゃなかったら、ここまで来ようとも思わないだろうし」

 ヒカリが声を潜めて隣を歩くコウキに尋ねると、コウキはクダリの背中を見つめたまま頷いた。
久方ぶりの再会だというのに、まともな会話もせずに今からポケモンバトルを始めようとしている二人。
もし言い争いに発展しそうだったら、すぐに間に入るつもりだったのだが、この予想外の状況に二人は困惑を隠せないでいた。

「ショウさま、勝負開始の合図と審判をお願いできますか?」
「えっ……わ、わかりました!」

 そうこうしているうちに、一同は訓練場に到着した。
いつの間にか警備隊のペリーラに話を通していたらしく、バトルコートの使用許可を貰ったノボリは、ポケモン勝負に慣れているヒカリを審判役に選んだ。
了承したヒカリは、コウキを連れてバトルコートの真ん中に立ち、バトルをする二人もそれぞれコートの端へ移動した。
 ノボリと反対側のコートの端に立ったクダリは、イワパレスに礼を言ってからボールに戻し、完全に支えが無い状態になる。
そのまま何も言わずにホイッスルを咥えて顔を上げたクダリは、不意にノボリへ向かって指をさし、大きく息を吸った。

その直後、バトルコートの広い空間を切り裂いたのは、ホイッスルの長い音。
最後の方だけほんの少し音が高くなる、彼独特の吹き方。

それは合図だった。
電車が出発する合図。
出発進行の合図。

対戦相手へ向けて、真っ直ぐに指をさすクダリの表情は真剣そのもの。
銀色に光る視線の鋭さは、コートの向こうのノボリを真っ直ぐ射抜き、朧げだった姿でも確かに胸の中にあった、ノボリの大切なものがはっきりと像を結んで、目の前の男と重なった。

「……ポケモン勝負は真剣でないとつまらない。……そうでしたね、クダリ」

バトルサブウェイで、クダリがいつも言っていた言葉。
今目の前にいる彼は、このヒスイの地で再会した自分と一つも言葉を交わしていない。
言わなくても、伝わってくる。
彼の瞳が、表情が、前を指さす真っ直ぐな指先が、彼の全身がその言葉を叫んでいるのだから。
ならばこちらも、全力でそれに応えるのみ!!

「目指すは勝利!出発進行!!」

互いの準備ができた事を確認したヒカリは、バトルの合図をする為に手を上げた。

「いきますよ?それでは……始めっ!!」
「カイリキー、オノノクスに早業、れいとうパンチ!モジャンボはドリュウズにねむりごなです!」

 ヒカリが手を振り下ろした瞬間、ノボリがポケモンへ指示を出し、同時にクダリもホイッスルを吹き鳴らす。
指示を受けたカイリキーは一気に駆け出し、拳に冷気を込めて、舞い踊り始めたオノノクスへ向かって拳を振りかぶった。
しかしそのパンチはオノノクスには届かず、間に入ったドリュウズのいわなだれによって阻まれる。
大きな岩の広範囲攻撃はモジャンボにまで及び、ねむりごなを打とうとしていたモジャンボを怯ませて、わざを出せなくした。
 更に追撃をする為にクダリがモジャンボを指さして、更に音を吹き鳴らすと、りゅうのまいで攻撃と素早さを上げたオノノクスが、振り上げた足で地面を思い切り踏み鳴らして、大地を大きく揺らした。
コート内全てのポケモンを巻き込む攻撃を受けながら、ドリュウズはわざを受けてよろめいているモジャンボに襲いかかり、どくづきを急所に当てられたモジャンボは、なす術もなく倒れた。

「カイリキー、ドリュウズにインファイト!!」

しかし、これでやられっぱなしのノボリではない。
カウンターとしてすぐさまカイリキーに指示を出し、モジャンボを倒す為に懐に入り込んできたドリュウズに、かくとうわざのインファイトを打ち込み、こうかばつぐんのわざを食らったドリュウズは一撃で地面に倒れた。

これで三対三。
一進一退の攻防だった。

「す、すごい……こんなに激しいポケモンバトル、初めて見たかもしれない」
「うん、すごい!ノボリさんのカイリキーの早業についていけるなんて!クダリさんもすっごく強いんだね!」

 オノノクスのじしんの余波に耐えられなくて、おもわず尻餅をついてしまったコウキは、膝をついて立ち上がりながら譫言の様に呟いた。
対してヒカリはヒスイの大地に鍛えられた体幹によって、じしんの余波を受けても平気で立っている。
更に言うなら、二人のバトルに目を輝かせて、その場で小さく跳ねてはしゃいでいたので、そんな彼女を見たコウキは、もう少し身体を鍛えた方がいいのかなと、内心少し落ち込んだ。
 
「ん?……ヒカリ、早業って何?」

彼女の言葉に聞き慣れない単語が入っていたので、疑問に思ったコウキはヒカリに尋ねた。
 
「あ、そっか。コウキくんは知らないよね。ヒスイ地方のポケモンバトルには早業と力業っていうのがあってね。早業はいつもより早くわざが出せて、力業はわざの威力が上がるの。PPの消費は多くなるし、他にも短所があるからここぞという時に使う戦法なんだ。……でもどうしてクダリさんのポケモンはあんなに速く動けるのかな?クダリさんも早業を知らない筈だよね?」

 ノボリのポケモン達は早業を使う事によって、クダリのポケモン達よりも早く動けていた。
しかし実際の所、二人が同時に指示を出すと、指示を聞いてからの動き出しはクダリのポケモン達の方が勝っている。
なぜクダリのポケモン達は、ノボリのポケモン達よりも早く動き出せるのか。
ヒカリにはそれが不思議だった。

「……そうか、あのホイッスルだ!」

しばらく二人のポケモン達の攻防を見て、何かに気づいたコウキは声をあげた。

「ホイッスル?」
「うん。声で指示する時は「ドリュウズ、いわなだれ」って、ポケモンの名前とわざの名前を言うのが一般的だけど、ホイッスルで指示する時は音をいくつか鳴らすだけでいい。だから人間の声の指示よりも、ずっと速くポケモンに指示が伝わってるんだ」
「なるほど……」

 コウキの話を隣で聞きながら、ヒカリはシャンデラを繰り出して次の指示を出すクダリを見つめた。
音の長短の組み合わせで作られた指示のパターンを全て覚え、ホイッスルの音を聞いた瞬間に、ポケモン達は指示の内容を理解してわざを繰り出す戦い方。
一言で言えばやり方はシンプルだが、並大抵の努力でできる事じゃない。
 一体彼らはここまでのレベルのポケモンバトルができるまで、どれだけの練習を積み上げてきたのだろう。
相手のいないバトルコートで練習をするクダリ達の姿を想像して、ヒカリは唾を飲み込んだ。

「ショウ、これは何事だ」
「デンボクさん!ムベさん!どうしてここに?」

背後からの聞き覚えのある声にヒカリが振り向くと、そこにはギンガ団の団長のデンボクと、その懐刀のムベが立っていた。

「キネから見知らぬ二人組の報告と、村の者達からノボリ殿がその二人組とショウを連れて、訓練場へ向かったと報告を受けてな。様子を見に来た。先程からしきりに笛の音が聞こえると思えばあの男……笛の音のみでポケモンに指示をしているのか」

口元に手を当てて、クダリを見つめるデンボクの表情はやや厳しく、目は鋭く細められていて、彼がどういった人物なのかを見極めようとしているように見えた。

「……あの、デンボクさん」
「もちろん、後で話は聞かせてもらう」

 デンボクからの信頼を得るまでの一連の出来事を思い出して、ヒカリが恐る恐る声を掛けると、デンボクはヒカリが浮かべる不安げな表情から彼女考えている事を察して、僅かに表情を和らげた。

「……あそこまで洗練されたポケモン勝負、ここで中断させて見られなくなるのは惜しい。決着がつくまではわしもここで見させてもらおう」

 そう言ってデンボクは既に観戦しているムベの隣に立つと、本当に双子のポケモンバトルを観戦し始めた。
バトルコートでは、モジャンボの後で出てきたジバコイルと、カイリキー二匹による集中攻撃を受けて、オノノクスが倒されていた。
ノボリのポケモン達の猛攻を目の当たりにして、無意識に息を詰めていたデンボクとムベは、白い男の持つ大型のポケモンが、ドウ、と大きな音を立てて倒れる姿を見て、ようやくそっと息を吐いた。

「……凄まじいな。見ているこちらも迂闊に息もつけん」
「ああ。極めた者同士のポケモン勝負、真剣勝負を体現しとるようじゃ。……あの白い男、ノボリ殿にあのような顔をさせるとは。かなりやるのう」

二人の言葉を聞いたヒカリはバトルコートに目を戻し、ノボリの顔を見てハッと息を飲んだ。

 普段無表情である事が多いノボリが、笑っていた。
記憶にあるノボリの笑顔は、そのどれもが口の端を緩く持ち上げるだけの、柔らかく穏やかなものだ。
だが今のノボリが見せている笑顔は、犬歯が見える程に口の端を吊り上げた、ヒカリが今まで見た事の無い、恐ろしく獰猛な笑顔。
 対するクダリも、わざの余波の強風を受けながら切り札のシビルドンを出し、ホイッスルを歯で噛んだまま笑っている。
まるで牙を剥き出しにして、相手を威嚇しているみたいな笑顔だ。
 しかし、どちらも夜空の一等星みたいに瞳を輝かせ、興奮から頬はほんのり赤く染まり、顳顬や首筋からは汗が滲んでいる。
まるでバトルが楽しくて仕方がないと言わんばかりに、二人は全く同じ顔をしていた。

 倒されたカイリキーをボールに戻したノボリは、最後のポケモンが入ったモンスターボールを投げた。
現れたのは、あのトレーナーズスクールの本の写真に、ノボリと共に写っていた長い尻尾と大きな翼を持つポケモン、グライオンだった。
ハサミと牙は鋭く研がれ、見るからに強そうなグライオンの登場に、シャンデラとシビルドンは、クダリの次の指示にいつでも対応できるように身構えた。

「グライオン、出発進行!!シャンデラに早業だいちのちから!ジバコイルはシビルドンにトライアタック!」

 ノボリの指示と同時に、クダリもホイッスルを鳴らす。
グライオンのだいちのちからが、シャンデラの真下から放たれたが、シャンデラがその寸前で発動させたまもるで防いだ。
ジバコイルが光線を放とうとエネルギーを充填している間に、先にシビルドンがほうでんを放って、ジバコイルをまひさせて、グライオンにダメージを与えた。
追撃としてクダリが再度ホイッスルを鳴らすと、まもるを解除したシャンデラがシャドーボールを放ち、それが急所に当たったジバコイルは倒れた。

「……流石ですね。ですが、まだ終わりではありません」

 ジバコイルを倒されて、ノボリの手持ちがラスト一匹になった。
二対一となって追い詰められた状況でも、ノボリは動揺を見せない。
倒れたジバコイルをボールに戻すと、すぐさま次の指示を出した。

「グライオン、シャンデラにストーンエッジ!」

 グライオンの放つ尖った岩が猛スピードで飛んできて、シャンデラに襲い掛かる。
クダリは急いで回避の指示を出したが、何故かシャンデラはそれに従わず、クダリの前まで移動して自分からストーンエッジに当たりに行った。

「!!」

 地面に倒れたシャンデラを見てクダリは目を見開いたが、すぐにシビルドンに次の指示を出す。
指示を受けたシビルドンはでんじはを打ったが、クダリの動揺が伝わったせいで狙いが僅かに狂い、グライオンに軽く避けられてしまった。

「…………」

 クダリはシャンデラを戻したモンスターボールを見つめた。
シャンデラがクダリの指示に従わなかった理由は分かっている。
ストーンエッジは、クダリがケガを負った時に受けたわざだ。
また立ち上がれるまでにクダリがどれだけ苦しんだか、シャンデラ含め手持ちのポケモン達はよく知っている。
またあの出来事を繰り返さないように、シャンデラはクダリを守ろうとしてくれたのだ。
 
「ごぇん、シャ、デあ。……あぃ、あと」

 シャンデラに礼を言ってからボールをホルダーに戻すと、クダリはすぐに切り替えて前を指さした。
その表情は、バトルをしているいつものクダリに戻っている。
心配そうに後ろを振り返って、シャンデラとクダリを見ていたシビルドンも、それで迷いが晴れたらしく、もう一度前を見て相手のグライオンを見据えた。

まだ勝負は終わっていない。

 クダリがシャンデラをボールに戻している間、ノボリは何も言わずに先程の一連のシャンデラの動きを思い出していた。
シャンデラは、クダリの指示に意味もなく従わないポケモンではない。
それは医務室からここに来るまでの間の道中、常にボールから出てクダリに寄り添っている姿を見ていれば分かる。
おそらく咄嗟に避けられないだろう彼を思い、バトルの事を一旦忘れ、彼をストーンエッジから守る事を優先したのだろう。
今も変わらず、優しい子だ。

……だが、それで勝ちを譲るつもりはない。
まだ彼は勝負を諦めていない。
 
「気を抜いてはなりませんよ、グライオン」

 ノボリは肩越しに振り返って自分を見つめているグライオンに声を掛けた。
訓練場に訪れた挑戦者には、ポケモン勝負の初心者も多く、不足の事態が発生した際は、一旦バトルを中断する事がある。
様子がおかしかった相手のポケモン達を見て、グライオンはバトルを中断するか考えあぐねているのだ。

「……ここでバトルを止めてしまえば、きっと彼はわたくしを恨むでしょう。次の一手で決めますよ」

小さく頷いたグライオンが前を見つめて、臨戦態勢に入ったのを確認すると、ノボリもクダリと同じように前を指さした。

 これで手持ちは互いに一匹ずつ。
二人が織りなす激しいバトルはついに最終局面を迎え、次の一手で全てが決まる。
相手の間合いとわざの指示をするタイミングを伺いながら、睨み合いをする二人とポケモン達を、このバトルを見ていた者達は、固唾を飲んで見守っていた。

「グライオン、ストーンエッジ!!」

 ノボリの声と同時に、ホイッスルの音も響き渡る。
放たれた高速で飛んでくる尖った岩と、強い電撃の10まんボルト。
互いの渾身の一撃は交差して、相手のポケモンに命中し、その衝撃でバトルコートは舞い上がった粉塵に覆われた。
 バトルの行く末はどうなったか、この場にいた全員が見守る中で、コートの粉塵がゆっくりと引いていく。
先に姿を現したノボリのグライオンは、目を回して仰向けに地面に倒れている。
その数秒後に現れたクダリのシビルドンは、ストーンエッジを受けてかなりのダメージを負っていたが、それでもギリギリの状態で足を踏ん張り続けていた。

「それまで!グライオン戦闘不能!よって勝者、クダリさん!!」
 
手を上げた審判のヒカリの言葉で、ついにこの勝負に決着がついた。

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