手入れ部屋の片付けが終わり、救護当番と手伝いをしてくれた刀達に軽く人払いを頼んだ後、薬研は自分の日記の新しいページを開いて、沈痛な面持ちで俯く長谷部と鯰尾の前に胡坐をかいて座った。
「長谷部、鯰尾兄。大将が起きてからまた説明する事になると思うが、記憶が鮮明な今のうちに俺からも聞いておくぜ。今回の出陣先で何があったんだ」
鯰尾は一瞬視線を彷徨わせると、しばらくして重い口を開いた。
「実は……今日の出陣先の敵の中に苦無がいたんだ」
「苦無?あれは政府が催し物として用意した特別な戦場でしか現れないんじゃなかったか?」
薬研にとって、敵の苦無は政府のイベントで用意された、比較的難易度が高い戦場に現れる敵だ。
動きが捉えづらく、薬研自身も何度も苦汁を舐めさせられているので、その存在はよく覚えている。
それが通常の戦場でも現れたと聞いて、薬研は手を止めて目を丸くした。
「俺も最初は驚いた。だが本当だ。実際苦無への反応に遅れた鶴丸が一撃で重傷になって、刀装で僅かに攻撃を逸らした燭台切が中傷になった」
「あの腹の傷はそれか……どっちもかなり深くやられたみたいだったな」
薬研は二振りの傷の具合を思い出しながら、長谷部達の話を聞きながらその内容を日記に記録した。
「対峙した敵部隊の編成は、苦無ニ、槍ニ、大太刀ニ、俺は目の前の槍を破壊する事しかできず、他の槍に脚をやられてしまった」
「俺は鶴丸さんと燭台切さんが倒れた後、苦無のうちの一つと戦ってたんだけど、相手が思ったよりすばしっこくて……気がついたら、みんなと分断されてたんだ」
「これ以上の戦闘は危険と判断した山姥切国広と三日月が殿となって、撤退の用意をするまで敵の攻撃を食い止めてくれていたのだが、山姥切国広がもう一つの槍を破壊した隙を突かれて大太刀に斬られた」
「俺が何とか苦無を破壊して戻った時には三日月さんも、もう一つの大太刀に吹き飛ばされてて……まともに立っていられてるのは俺だけだったんだ」
「なるほど。苦無の不意打ちで周りが良く見えてる鶴丸と、打撃が強力な燭台切を戦力から外させて、機動力のある長谷部と鯰尾兄には持ち味を生かせなくさせて、隊長と三日月は力でねじ伏せようとしたんだろうな」
二振りで交代で話した経緯を聞いた薬研は、書き上げた内容の隣に自分なりの考えも一緒に書き加えた。
「それからなんとか本丸に逃げ出してきたんだが……足を負傷したくらいで全く何もできずに……情けない」
「……俺が敵に分断なんてされなければ……もう少し何か変わってたかもしれないのに」
長谷部はぎりぎりと奥歯を噛み締め、鯰尾はうっすらと涙を浮かべて俯いた。
彼らの悔しさは、二振りの膝の上に乗せられた、固く握り締められた拳に表れていた。
悪い方へ考えが進んでいきそうな予感がした薬研は、二振りの気持ちを切り替えさせるために、彼らの肩に強い力で手を置いて、強気な笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。敵に敗北して帰ってきたのは今までにも何度もあっただろう?初めての戦場で情報も対策も足りなかった。また大将と一緒にこれからどう戦っていくか考えたらいい」
「薬研……」
「今までだって勝てない強い敵に何度も挑んでは負けて、策を講じてまた挑んで勝って来たんだ。今回だって、きっと上手い方法があるはずさ」
肩に手を置かれて顔を上げた二振りは、始めは迷子の様な表情を浮かべていたが。薬研の話を聞いているうちに、少しずついつもの活気のある顔つきに戻っていった。
「……そうだ、その通りだな。早速主が起きるまでに次に戦場へ行く時の対策を考えねば。今回の経験がきっと役に立つ筈だ」
「あ、俺も一緒にやりたいです!」
「おおっと、元気が出たのはいいが、今日はゆっくり体を休めないと駄目だぜ、ドクターストップってやつだ。今は興奮しているから平気だろうが、自分が思ってるより体は疲弊してるし、霊力も消耗してる。今日は美味い物でも食って大人しく部屋で寝てる事だ。うちの本丸で睡眠を疎かにするのは俺が許さないぜ」
すっかり調子を取り戻した二振りは、早速次の出陣のための策を考えようと息巻いたが、薬研に圧のある笑顔で止められ、渋々自分の部屋へ戻っていった。
「さて。手入れは終わったとはいえ、熱を出す可能性も捨てきれないな……念のために氷枕でも用意しておくか」
二振りが真っすぐに部屋に戻っていくのを見届けると、薬研は手入れ中の刀の看病をする為の用意を始めた。

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