薬研の指示は本丸の刀達にすぐに伝わり、穏やかな日常は一変した。
皆救護当番の指示によって、ゲートに向かったり、手入れ部屋に集まったり、厨でお湯を沸かしたりと慌ただしく動いた。
巴形によって呼ばれた千代金丸を含めた刀達と、複数の担架を用意した静形は、ゲートの前で第一部隊が帰ってくるのを待っていた。
皆が固唾を飲んで見守る中、ゲートの門が重々しい音を立てながらゆっくりと開かれ、開かれたゲートの向こう側から、濃厚な鉄と土埃の匂いを纏いながら第一部隊の面々が帰ってきた。
昼に送り出した姿からすっかり変わり果て、皆満身創痍の状態だった。
三日月に背負われている国広と、燭台切に横抱きで抱えられている鶴丸は意識がないらしく、血の気が失せた顔でぐったりと目を閉じている。
片足の太ももを大きく斬られた長谷部は、負傷した足に力が入らないらしく、鯰尾に肩を借りながら自分の刀を杖代わりにして何とか歩いていた。
救護当番の刀達が率先して彼らに駆け寄り、それを見た他の刀達もすぐにそれに続いた。
「よく帰ってきたな、主に直して貰おうな」
巴形と千代金丸は、まず一番状態が酷い国広と三日月の元へを駆け寄った。
「隊長は担架に乗せよう、三日月は千代金丸の肩に掴まれ。静形、担架を一つ頼む」
「よし。誰か二振りこっちに来てくれ、用意が出来たら隊長を運んで欲しい」
巴形が意識を失っている国広を三日月の背中から受け取ると、静形が持って来た担架の上に寝かせると、駆け寄って来た他の刀二振りによって運ばれていった。
「三日月、肩に掴まれるか?」
「……」
「三日月?……おおっと」
千代金丸が声を掛けて三日月に手を差し出したが、彼は俯いたまま何も答えず、突然がくりと膝を折って崩れ落ちた。
咄嗟に反応した千代が彼の身体を正面から受け止めたので、地面に激突する事だけは免れたが、そこから動く気配がない。
ここまで国広を背負って帰ってくるのに、力を使い果たしてしまったのだろう、受け止められた三日月は千代金丸に身を預けたまま、意識を失ってしまった。
「三日月も意識を失った。こっちにも担架用意してくれないか」
「分かった、こちらに寝かせよう」
千代金丸が声を掛けると、静形は三日月を国広と同じ様に担架に乗せて手入れ部屋へ運んでいった。
「燭台切、鶴丸は俺が運ぼう」
「大丈夫、まだ歩けるよ」
次に巴形が燭台切に声を掛けると、彼はいつもより覇気がない笑顔で答えた。
「……それに、僕もお腹を負傷してしまってね、鶴さんの身体で出血を押さえてる状態だから、このままにして欲しいんだ」
彼の話を聞いて巴形が燭台切の様子を改めて観察すると、足取りはまだしっかりしているが、その足元には未だ血が滴り落ちている。
脇腹から出ている出血部分は、腕に抱いている鶴丸の戦装束を更に赤く染め上げていて、それとは対照的に荒い息を吐く燭台切の顔は真っ青になっていた。
「……分かった、では共に手入れ部屋へ行こう。無理せず、ゆっくりでいいからな」
「ああ、ありがとう」
巴形は燭台切の腰に手を回して、彼が歩くのを補助しながら手入れ部屋へ連れて行った。
「長谷部、こっちに掴まれ」
「すまない……」
「鯰尾は大丈夫か?」
「俺は平気です。それより他のみんなを」
「わかった、辛くなったらすぐに言ってくれ」
最後に千代金丸は足を怪我した長谷部に声を掛けて、彼に肩を貸していた鯰尾から引き継いだ。
足の負傷は神経を傷つけているのか全く動かず、更に相当の痛みがあるようで、千代金丸の声掛けに応える長谷部の言葉尻には力が無く、ほんの少しでも動いたらその振動による痛みに小さく呻いた。
鯰尾にも声を掛けると、頬や戦装束に何か所か血が付いているが、ほとんどは返り血か仲間の血らしく、彼自身は大きな傷は負っていないらしい。
足取りもしっかりしているので、鯰尾には異常があれば知らせてもらう事だけ伝えて、千代金丸は長谷部と鯰尾を手入れ部屋へ連れて行った。
「戻ってきたな。手当しやすいようにするから、動ける奴は防具を外して、できるだけ軽装にするんだ。意識の無い三振りは俺達で脱がす」
手入れ部屋で待機していた薬研は、連れて来られた第一部隊に気づくと、来ていた白衣を脱いで手入れ前の応急処置をする為の指示を飛ばし始めた。
救護当番と手伝いとして来ている刀達は、彼の指示に従って意識を失っている三振りの防具を外し、意識がはっきりしている三振りの戦装束を解くのを手伝った。
「ええっと……これってどうすれば解けるかな」
「代わってくれ、俺がやろう。代わりに三日月の背中を支えてくれないか」
「次は右足を持ち上げて。そう、そのまま」
「いっ……!」
「焦らなくていい、ゆっくり防具を外すんだ」
当然ではあるが、刀剣男士は刀によって身に着けている装束が違う。
三日月のように狩衣の様な装束もあれば、鶴丸のような和装の装束、国広や燭台切のような洋装の装束もある。
救護当番の刀達はこの状況に備えて薬研から、色んな服の脱がせ方を教えられていたので、手伝いをする刀達に補助をしてもらいながら、てきぱきと傷ついた仲間の戦装束を解いていった。
「よし、粗方全員脱がせ終わったな。傷口周りを湯で清潔にして、新しい手拭いで出血部分を圧迫して止血するんだ」
薬研は救護当番の刀達に指示を出しながら、重傷である刀三振りの傷を検分し始めた。
「こうして改めて見ると、大分酷くやられたみたいだな……」
「薬研!鶴丸の血が止まらない」
予想以上の傷に薬研が顔をしかめていると、北谷菜切から切迫した声が上がった。
北谷菜切が両手で体重をかけながら、床に横たわらせた鶴丸の腹の刺し傷を必死に押さえているが、その手拭いは血が吸いきれない状態まで流血しているらしく、傷口を押さえる彼の手は真っ赤に染まっていた。
「北谷菜切、治金丸と代わって貰え。もっと強く傷口を圧迫するんだ」
「分かった、もっと手拭いを持ってきてくれないか」
「急いで持ってくるよ」
「薬研、三日月の怪我はどう対処したらいい?肩や足の傷以外、目立つ外傷が分からないんだが」
「三日月はなるべく動かさないでくれ、恐らく頭を打ってる」
「待たせてすまない!」
薬研達が傷ついた刀達の応急処置に奮闘していると、慌ただしい足音を立てながら、審神者が手入れ部屋に駆け込んできた。
先程の薬研との会話でいくらか落ち着きを取り戻していた為、第一部隊の刀達を見渡してから腕の袖を捲って、手入れの用意を始めた。
「皆よく帰って来てくれた、今からちゃんと手入れするからな!薬研、一番怪我が酷いのは?」
「隊長だ。肩から斜めにざっくりいって出血が多い、あと呼吸の音もおかしいから、おそらく肋も何本かやられてる。他の重傷の鶴丸は、腹に受けた刺し傷が深くて血が止まらない。三日月の方は見た目ほど酷い怪我ではないが、どうやら頭を一度強く打ってるらしい。正直さっきまで隊長をおぶってたのが信じられないくらいだ」
「確かにかなり酷い怪我だ……分かった。他の三振りは?」
「僕はお腹に受けた傷以外は大丈夫」
「俺も足以外は平気です」
「俺は特に大きい怪我はしていません」
意識のある三振りに声を掛けると、鯰尾は泣きそうなりながらも、燭台切と長谷部は傷に顔を歪めながらも笑って見せた。
「手入れ部屋は四部屋だ。重傷の三振りを先に手入れして、残りの三振りを順番に手入れした方がいいと思うが……どうする?大将」
「重傷三振りを先にすると先に霊力が尽きて、全員を手入れするのに数日かかる。どうすれば……」
薬研の提案を聞きながら、審神者は考え込むように口元に手を当てて俯くと、一つ二つ小さく何かを呟いて小さく頷いて顔を上げた。
「長谷部と鯰尾に手伝い札を使う」
「大将!」
手伝い札は霊力を込める事で、手入れや鍛刀に必要な時間を大幅に短縮する事ができる。
しかし通常の手入れより遥かに多くの霊力を消費するので、霊力の燃費が悪い審神者が使うと、霊力が尽きてしばらくの間起きていられなくなってしまう。
それを知っている薬研は、制止の声を上げた。
「今出し惜しみしている場合じゃないだろう。霊力の回復は後で何とでもなる、今は皆の手入れが最優先だ。まず長谷部、手入れ部屋に入ってくれ」
「主!俺は大丈夫です、それより重傷の刀の手入れを……」
「長谷部」
薬研に続いて反対しようとした長谷部に、審神者は名前を呼んで黙らせた。
「薬研も、長谷部も、心配してくれているのは分かる、ありがとう。けど自分は霊力が尽きて寝こけている間に、誰かが傷を治せないで苦しんでいる方が嫌だ。どうか分かってくれ」
「……分かりました、お願いします」
長谷部は真剣な目で自分を見据える審神者を見て、苦しそうに眉に皺を寄せながら小さく頷き、足の傷の応急処置をしてくれていた千代金丸に再び肩を借りながら手入れ部屋に入った。
審神者が手伝い札を持って何かを唱えると、手伝い札は強い光を放ち始め、長谷部の傷は時間が巻き戻る様にみるみる塞がっていった。
「重傷三振りはそれぞれ奥の部屋へ運んでくれ。燭台切はもう少しだけ我慢してくれ。次、鯰尾、こっちへ」
審神者は集中を切らさないように、短い言葉で指示を出しながら傷ついた刀達を手入れしていった。
最後に一番怪我が酷かった国広を手入れし終えた頃には、審神者は背中の部分の服の色が変わる程、大量の汗をかいていた。
穏やかな寝息を立てている国広の顔を確認すると、審神者は乱れた息を整えながら、ようやく手入れで動かし続けていた両手を下ろした。
「お……わった……」
「大将!」
「主!」
「主さん!」
消え入るような声を残して床に崩れ落ちそうになった審神者を、近くでずっと見守っていた薬研が慌ててその肩を支えた。
ぐんにゃりと力を失って項垂れる顔を覗き込むと、沢山の汗をかいているというのに、審神者は青白い顔をして固く目を閉ざしていた。
「薬研!主は、どうなっている!?」
「主さん!しっかりしてください!」
「静かにしてくれ。……霊力を使い果たしたみたいだな……寝ている」
倒れた審神者を目の当たりにして、長谷部や鯰尾を筆頭にその場にいた者は審神者に駆け寄ろうとしたが、薬研がそれを制止して審神者の容態を確認する為に、口元に手を当てたり胸元に自分の耳を当てたりした。
顔は真っ青ではあるが眠っているだけだと薬研が判断すると、どこからか安堵の溜息が聞こえて来た。
「とにかく大将は部屋に寝かせておこう。誰か大将を運んでやってくれないか」
「俺が部屋に運ぼう」
「では俺は床を用意するとしようか」
「じゃあ頼んだぜ」
審神者を運ぶのと、床の用意に巴形と静形が名乗り出たので、薬研は彼らに審神者を託した。
巴形が審神者を横抱きで運び、静形は彼が通りやすいようにその前を歩いてその場を去っていった。

コメント