「あっ、トレイ先輩それ新作のケーキ?」
「随分たくさんありますね」
日が暮れたハーツラビュル寮の談話室では、副寮長であるトレイ・クローバーは沢山のケーキをプレートに乗せて持ってきた。
早速それを目ざとく見つけた一年生達、エーストラッポラとデューススペードが甘い匂いにつられてやって来た。
「ああ、次のなんでもない日のパーティーに出す予定のケーキの試作だ。作りすぎたからよかったら食べてくれ」
「おお、ラッキー!いっただっきまーす!」
「ありがとうございますクローバー先輩、いただきます!」
このケーキがタルトだったらハートの女王の法律に則って、この寮の女王であるリドルの許可がないと食べられないが、今回は違うケーキなのでその法律には該当しない。
トレイは既に切り分けていたケーキを、用意していたフォークと一緒に一年生二人に渡すと、彼らは嬉しそうにケーキを頬張り始めた。
「リドル。ケーキが焼けたからリドルも少し休憩にしない、か?」
トレイは少し離れた談話室の隅の机で作業しているリドルにも声を掛けたが、彼の形相を見て言葉尻が変な方向へ飛んでいった。
リドルが熱心に書物を読んでいる事は珍しい事ではないが、百科事典を開いてメモを取っている所は見た事がない。
戸惑っているトレイを他所に、リドルはペンを動かしている手を止めて顔を上げた。
「ああ、すまないトレイ。すっかり熱中していた、頂くよ」
リドルは事典を閉じて席を立つと、書き込んでいたメモを持ってエース達がケーキを食べているテーブルの席に移動した。
「おっ、リドル寮長お疲れ様でーす」
「ローズハート寮長、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様二人共」
トレイから切り分けられたケーキを受け取りながら、リドルに気づいて声を掛けてきた一年生達に挨拶を返した。
「リドル、一応聞くが。百科事典をあんなに睨みつけて何をしてたんだ?」
「トレイ。フから始まってドで終わる四文字くらいの言葉って、何か思いつくかい?トでも構わないけれど」
「随分限定されるな。そうだな……ああ、フロイドがちょうど四文字だ「それ以外で頼むよ」……ええ?」
質問に対して、リドルに違う質問で返されたトレイは、困惑しながらもちょうど彼が出した条件にピッタリの後輩の名前を挙げたが、それに被せて違う答えを求められた。
どうやら自分の答えは幼馴染の要望にはそぐわなかったらしい、トレイは再度考えを巡らせる為に腕を組んだ。
「考えてみると難しいな、あとは……フロート、とか、フリットとかかな?ああ、フライドもそうか。しりとりか何かでもしているのか?」
「まあそんな所かな。ありがとう、参考にするよ」
リドルはさっきまで書きこんでいたメモに、トレイが答えた単語を付け加えた。
「寮長何書いてんすか?」
「色んな単語が書かれているな……クロスワードパズル関係の何かですか?」
二人の会話を聞いていた一年生組も興味を示したのか、口の中のケーキを飲み込んで、リドルの持っているメモを覗き込んだ。
「エース、デュース。フから始まってドで終わる四文字の言葉で何か思いつく物はないかな?」
「フからドで四文字の言葉?あっフロイド先輩とか「それ以外で」え〜……じゃあ、ドで終わるのは思いつかないけど、トまでの言葉ならフルートとかかな」
「うーん……あ、今日錬金術で大釜を爆発させた罰として、クルーウェル先生と植物園の土を整える手伝いをしたんだが、その時に腐葉土って土を一緒に撒いたな」
「なんだって?」
リドルはエース達が首を傾げながらも答えてくれた言葉をメモに書いていたが、デュースが質問の答えを浮かべる為の経緯を聞いて、彼は眉の端を吊り上げた。
「デュース、あとで話があるから覚悟しておいで」
「あっ!」
「あーあ、黙ってやってたのに自分から言っちゃったよ」
リドルに首を刎ねられたくない思いで黙っていたのに、自分で口を滑らせて自滅したデュースに、隣に座っていたエースは呆れた目を向けながらフォークを指先でプラプラと揺らした。
「でもフルートと腐葉土か……さっきの言葉は参考にさせてもらおう。でももう少し数が欲しいな……」
「あっ、これトレイ君の新作ケーキ?」
「ああ、次のなんでもない日のパーティに出すケーキの試作だよ」
「ちょー映える!マジカメ用に一枚写真撮っておこ!」
リドルが書き込んでいるメモを見返していると、談話室にケイト・ダイヤモンドがやって来た。
スマホでこまめにトレンドをチェックして、頻繁にマジカメに写真を投稿する彼は、早速トレイのケーキに気づき、それを食べている後輩達と一緒にカメラに収めた。
「ケイト。フから始まってドで終わる、四文字くらいの言葉で何か知らないかな?」
「フから始まってドで終わる言葉?なになに?なぞなぞか何か?」
「まあそんな所だね」
「うーん……あっ。四文字じゃないけど、これなんかどうかな?」
リドルからの唐突な質問にケイトは少しだけ考えると、慣れた手つきでスマホを操作して、その場にいる全員に見えるようにある写真を見せた。
「?……綺麗な景色だね」
「うわ絶景!」
「綺麗な所ですね」
スマホに写っているのは崖に囲まれた狭い入り江だった。
水面は雲一つない空の色をそのまま写した様に青く、暗い灰色の崖の上には緑が生い茂り、うっすらと雪化粧がされている山々とのコントラストが美しい。
もしここに、違う寮にいる美を追い求める狩人がいたなら「ボーテ!」と賞賛する声を上げていただろう。
「これ、もしかしてフィヨルドか?」
「トレイくん正解!オレがフォローしてるカメラマンの人が最近撮影したんだ」
「ああ、なるほど。フィヨルドか」
綺麗な景色の写真を見せられて、リドルは最初これがどう関係しているのか分からなかったが、トレイの解答に納得してメモにその単語を書き込んだ。
「へぇ〜ケイト先輩ってカメラマンとかもフォローしてるんですね。てっきりトレンドに詳しいインフルエンサーばっかフォローしてるのかと思ってた」
「タイムラインから流れて来て、たまたま見かけたアカウントの写真だったんだけど、この人が投稿してる写真の景色がどれもすっごく綺麗で即フォローしたんだ」
「わあ、確かに。どの景色も綺麗ですね」
それからはケイトのマジカメの話から色々な話に会話が広がっていき、いつもの賑やかな景色になった。
リドルは残りのケーキを食べながら、ケイト達の話に耳を傾けた。

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