ジェイドと闇オークション
「ジェイドが 首輪をつけられて 美声を披露する」
「おやおや、困りましたねえ」
諸々の経緯を省き端的に言うと、ジェイド・リーチ17歳は現在、本来の人魚の姿で闇オークションに出品されていた。
身体がぎりぎり収まる程度の窮屈な水槽に押し込められ、尾びれの先は水槽の底に打ち付けられた杭からのびる鎖に雁字搦めにされていて、上半身のみ小さく身じろぎできる程度にしか動けない。
おまけに首には水槽から逃げたら雷魔法が発動する仕掛けが施されたペットの犬が付ける様な悪趣味な赤色の首輪が装着されている。
雷魔法自体はお粗末な者なので解除は簡単だが、今はマジカルペンがないのでブロットのリスクを考えれば、今ここで無理矢理魔法を解除するのは得策ではない。
自分を低能なモンスターか何かと勘違いしているのだろうかと、ジェイドは大層ご不満だった。
さてどうするかと、ジェイドはひとまず辺りを見渡してみる事にした。
重厚な色合いのカーテンに覆われた空間には、これから出品されるであろう動物たちの檻が並んでいる。
カーテンの隙間から大きな舞台と観客席が見えるので、ここは劇場か何かなのだろう。
舞台の真ん中には魔法生物が入った大きな檻が鎮座していて、マイクを持った司会の男が何やら興奮した様子でそれの説明をしている。
ジェイドの番は最後の方なのか、並んでいる檻の中では一番舞台から遠い場所に置かれていた。
水槽の近くには見張りの男が一人。
まずはこの男に動いてもらおうと、ジェイドは泣きそうな顔を作りながら水槽のガラスを叩いた。
「おい、どうした」
今までオークションの様子を舞台袖で見ていたブローカーが、水槽に近づく見張りの男に気がついてやって来た。
「ああいや、この人魚が何か話したそうにしていたので」
歯切れの悪い見張りの言葉にブローカーが水槽目をやると、憐れな人魚がこちらに何かを訴えかけようとコツコツと水槽を叩き続けていた。
「……餌用の小窓だけ開けろ」
「いやしかし……」
「どうせ出られやしないさ、この人魚がどう命乞いをするのか見てやろうじゃないか」
「分かりました」
渋る見張りの男にブローカーが促すと、男は水槽の蓋の一部の小窓を開けた。
空けられた小窓から顔を出したジェイドは、今にも泣きそうに瞳を潤ませて人間二人を見上げた。
「お願いです。……歌を、歌わせてくれませんか?」
「はあ?ハッ、何を言ってるんだ」
「シッ、黙ってろ。……何が狙いだ?」
見張りの男はいきなり歌いたいと言い出したジェイドを馬鹿にしたように鼻で笑ったが、ブローカーの男はそれを黙らせてジェイドに理由を尋ねた。
「どうせ僕は売られてしまうのでしょう?……どうせなら、優しくしてくれる人に買って欲しいと思って。僕、歌は得意なんです。ねえ、どうかお願いします」
ジェイドが自分の運命を悟って媚を売る哀れな人魚を演じたら、少しでも売り上げを伸ばしたいブローカーはあっさりと了承した。
「下手な歌を歌ったら承知しねえぞ」
「ありがとうございます」
「ふん、精々いい歌を歌って値段を吊り上げろよ。お前は最後の目玉商品なんだからな」
ブローカーはそう言って舞台に立つ司会の男を手招きすると、何かを耳打ちしてジェイドを舞台上へ運ぶように指示を飛ばした。
「さあさあ紳士淑女の皆様!大変名残惜しいものですが、いよいよ最後の商品となりました!本日の目玉商品、オスのウツボの人魚です!!」
司会の口上と同時に、舞台の真ん中へ移動させられたジェイドへ無数のスポットライトが浴びせられた。
暗闇からジェイドの姿が露わになると、画面で素顔を隠した観客達は興奮や恐れからくる叫声をあげた。
「ご覧ください!この恐ろしく鋭い爪と牙!海に溶けるような色の髪!整った顔に優美な尾びれ!観賞用として愛でるも良し、薬の素材として活用するもよし!お支払い頂いた金額に対して、決して損はさせないとお約束しましょう!そしてどうやらこの人魚、歌が得意との事!一体どんな歌声を聞かせてくれるのでしょう、皆様どうか耳を澄ませてお聞きください!」
観客の割れんばかりの拍手の中、ジェイドを閉じ込めていた水槽の蓋が大きな音を立てて完全に開かれる。
眩いスポットライトの中、水槽から上半身だけ身を乗り出して微笑む人魚の美貌にため息を漏らす者、その一挙一動固唾を飲んで見守る者、もっとよく見ようと席から身を乗り出そうとする者など、誰しもが彼に惹きつけられた。
やがて拍手がやみ、劇場が水を打ったように静かになると、テノールの美しい歌声が響き渡った。
高く、低く、緩やかな小波の様にジェイドの歌は観客達の心を揺り動かす。
魔力が込められた人魚の歌は劇場全体を包み込み、この場にいる誰しもが彼の歌声に魅了され、微笑みを浮かべて歌う人魚の美しさに酔いしれた。
そして魔力を込めた歌声は曲調を変え、次第に揺籠の様な優しい揺蕩う波から、船を沈める荒れ狂う大波へ変化していった。
感嘆の溜息は、引き攣った荒い息遣いに。
酩酊状態の蕩けた目は、正気を失って焦点が合わなくなっていく。
頭を抱えて呻く者、狂ったように笑い声を上げる者、どこか宙を見上げて叫び声を上げる者、劇場内はいつの間にか地獄絵図と化していた。
そんな中たった一人、劇場の真ん中で立っている仮面の青年がいた。
周りの阿鼻叫喚の景色を物ともせず、ただ舞台上で歌う人魚を見つめてうっすらと笑っている。
青年は舞台へとゆっくり歩き始めると同時に、人魚の歌に合わせて自分も歌い始めた。
人魚と青年、二つの旋律が重なり合うと歌はさらに劇場内に大きく響き渡り、それを聞いていた観客たちの悲鳴は更に酷くなった。
悲鳴の嵐の中、青年はようやく舞台の上に辿り着き、後ろの紐を解いて自分の仮面を外した。
外された仮面の下の顔は人魚と鏡写しのオッドアイ。
水槽に囚われた人魚を見下ろして、両目を三日月型に細めてさも愉快そうに笑った。
青年だけを見つめて歌う人魚も悪魔の様に凶悪で、しかしゾッとする程の美しい笑みを浮かべている。
悲鳴と苦悶の声を伴奏に、美しい人魚と青年の二重唱は哀れな人間達の声が聞こえなくなるまで劇場に響き渡った。

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