「とりあえず色々歩いてみる?」
「そうだな、どんな店があるか知らねえし。まずは道に迷わず、行って帰ってくるのを目標にしようぜ」
事の始まりは数時間前の朝、休日でどこかへ出かけようとと思ったスレイドとバイトは、麓の街へ遊びに行こうとしていた。
最初はモストロ・ラウンジを利用してみようかという話になっていたが、学園の運動部員全員がバルガス主催のキャンプに出発していたので、ラウンジもそれに伴って休業になってしまったので、二人はまだ行った事がない麓の街に行く事にしたのだ。
既に外出届は提出しているので、はしゃぎながら行き方を二人で確認し合って寮の廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから大きな人影が現れた。
「あ」
「おや」
廊下で出くわしたのはオクタヴィネルの副寮長、ジェイド・リーチだった。
彼もどこかへ行くのか、つばの広い帽子を被って、上半身は何枚かの服を重ね着して、下半身はハーフパンツの下にタイツを履いている。
背中にはこれはまた大荷物なのか、黒い大きなリュックを背負っていた。
いきなり廊下に現れた人影にジェイドは少し目を丸くしていたが、すぐに相手がスレイド達だど気づくとニッコリと人好きがするような笑顔を見せた。
「ごきげんようスレイドさん、バイトさん。奇遇ですね」
「こんにちはジェイド」
「珍しい格好してるな、先輩もどこか行くのか?」
「ええ。これから山を愛する会の活動の一環として、近くの山に行こうかと」
「ふうん、それ何抱えてるの?」
ジェイドがあまりにもいつもの顔をしているのでスルーしそうになったが、彼は似たような格好をした誰かを軽々と俵担ぎしていた。
担がれている誰かは気絶でもしているのか何も言わず、ジェイドが身動きするたびに、その動きに合わせて両手がぶらぶらと揺れている。
「ああ、これは休日返上で仕事をしようとして無理やり寝かせたアズールです。ここ最近詰めていたので、これを機会にいつもと違う環境で思い切りリフレッシュさせてあげようかと思いまして」
「そうなんだ。アズール、ラウンジの仕事いつも大変そうだもんね」
消灯時間ギリギリに水を飲みに行こうと廊下を歩いていると、窓からギリギリ見えるVIPルームにはいつも明かりが点いている。
遅くまでアズールがVIPルームで仕事をしているのを知っているスレイドは納得した様に頷いたが、一方バイトは「いや、疲れてるんなら寝かしといてやれよ」とまともな事を小さく呟いていた。
「貴方達も一緒にどうですか?ちょうど運動部もキャンプに行っている事ですし」
「せっかくだけど、オレ達これから街の方に遊びに行くんだ」
「街は外出届を出せば晴れの日でも嵐の日でもいつでも行けます、対して山登りに最適な天候は限られていて今日は絶好の山日和なんです。これを逃す手はありませんよ」
「俺達山登りした事ないけど」
「ご安心を。今日登る山はアズールに合わせて初心者でも気軽に登れる所ですので、日帰りで楽しめます」
「オレ達そんな大層な山登り用の服なんて持ってねえしな」
「服は僕とアズールの予備をお貸しします。ちょうどお二人は僕達とサイズも近いので大丈夫です」
「けど元々二人で行くつもりだったんだろ?オレ達が一緒だと迷惑じゃないか?」
「そんな事はありません。人数は多い方が楽しいですし、山を愛する会として、山の魅力を伝えるいい機会でもありますから」
「「…………」」
「ね、お二人共。一緒に山登りしませんか?」
断る為の逃げ道を全部潰されて、圧のある笑顔で誘われて穏便に断れるほど、二人には他者とのコミュニケーション経験が圧倒的に足りなかった。

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