長い旅を終えて、それぞれの帰るべき場所へ帰ってから半年後。
ヒカリとコウキは、シロナとナナカマドの口添えで、近年イッシュ地方近海に建設されたブルーベリー学園を訪れていた。
あれからヒスイの時代に生きた人達の記録を、これからの未来に残していきたいと思い、シロナの元で歴史を学ぶ事にしたヒカリは、姉妹校のオレンジアカデミーで歴史を教えていて、現在特別講師として招かれているレホールに話を聞く事になっている。
一方コウキは、現在のシンオウ地方にはいないヒスイ地方にいたポケモンが、この学園のテラリウムドームにまだ生息していると聞いて興味が湧いたので、その施設を設計した校長のシアノに話を聞く事になっていた。
「じゃあコウキくん、行って来るね!」
「うん、またね!」
学園のエントランスロビーに辿り着いて、先にレホールの元へ向かっていくヒカリの後ろ姿を見送ると、コウキはエントランスの画面に表示されている現在の時間を確認した。
「さてと、シアノさんの時間が空くまでまだ時間があるし……その間何しようかな?」
「コー、キ?」
「え?」
聞き覚えのある声にコウキが振り向くと、そこにはノボリと共にイッシュ地方に帰った筈のクダリが、目を丸くした状態で立っていた。
「クダリさん!!」
思わぬ再会からの嬉しさにコウキが駆け寄ると、クダリも嬉しそうに微笑んで歩み寄って来てくれた。
「お久しぶりです!すごい偶然ですね!シャンデラも久しぶり!元気だった?」」
クダリと一緒にやって来たシャンデラにも話し掛けると、シャンデラも笑って元気そうな鳴き声をあげた。
「うん、ひさ、しぶぃ。コー、キ、ろぉして、ここに?」
「ここのテラリウムドームにヒスイ地方のポケモンがいるって聞いて、今日はシアノさんに話を聞く事になっているんです。……クダリさんはどうしてここに?」
「…………」
クダリは口を開きかけたが、黙って観客席を指さした。
今二人が立っている中央のコートど真ん中で立ち話をしていたら、他の生徒の邪魔になってしまうので、座ってゆっくり話がしたいのだろう。
二人は生徒達の邪魔にならないように、観客席の端の方へ座った。
「 」
「ロト!」
不意にクダリが何かを呟いて宙に手を伸ばすと、彼の背後からロトムが入った少し大きめのタブレットが現れた。
「あっ、ロトム!新しく手持ちにしたんですね。ボクもロトムを持っているけれど、タブレットに入っているのを見たのは初めて見たなあ」
コウキが興味津々で宙に浮くタブレットを見ていると、クダリはタブレットに何かを打ち込み始めた。
『コウキとまた会えて嬉しい!元気だった?』
「えっ、えっ!?これ、どうしたんですか!?タブレットからクダリさんの声がする!ロトム自身の声じゃないですよね?」
突然タブレットからクダリの声が聞こえて、コウキは目を丸くしてタブレットとクダリを交互に見た。
予想以上に驚いたリアクションを見せるコウキを見て、クダリは悪戯が成功したみたいに、口元に手を当ててクスクスと笑った。
『ここの姉妹校で、パルデア地方にオレンジアカデミーって学校があってね。そこにこういった事に詳しい先生と生徒がいて、ぼくの声の人工音声を作ってくれたんだ。すごいでしょ?』
「すごい!本当にクダリさんが喋ってるみたい!」
「ちなみにこの機能を使って、ボクがクダリの声で話す事もできるロト!……ゴホン!『ぼくクダリ、目指すは身長二メートル!』どうロト?似てるロト?」
「あははっ!上手だねロトム」
人工音声のクダリの声に目を輝かせていると、ロトムが彼の声を使って彼が言わなさそうな事を言ったので、コウキはお腹を抱えて思わず笑ってしまい、クダリはケタケタ笑うロトムをジトリとした目つきで見上げて、「むー」と口を尖らせた。
「あっ、クダリ先生こんにちは!またバトルの見学ですか?」
観客席の階段を下りていた一人の女子生徒が、クダリの存在に気づいて話し掛けてきた。
生徒の方へ振り返ったクダリは、タブレットを引き寄せて文字を打ち込んだ。
『こんにちは。今お客さんとお話してるの。少し前にぼくがお世話になった子なんだ。きみもバトルの見学?』
「今日はバトルしに来ました。育てた子のわざ構成を変えたから、バトルで調子を確認しようと思うんです。バトルが終わったらまた相談に乗ってくださいね!」
『うん、頑張ってね』
「はい!行ってきます!」
モンスターボールを持って、コートへ向かって行った女子生徒を見送るクダリの様子を見てから、コウキは先程の二人の会話を思い出して、ふと首を傾げた。
「ん?……クダリ先生?」
女子生徒からの呼び方をコウキが不思議そうに復唱すると、クダリは笑顔で頷いた。
『ぼく今、ここで特別講師やってるの』
「……えええっ!?」
クダリから告げられた事にコウキは驚いてのけぞった。
半年も経てばある程度落ち着いて、何かしら新しい事を始めているかもしれないとは思っていたが、まさかこの短期間で彼が教職に就いているとは思わなかった。
『コウキもびっくりするよね、ぼくもびっくりした。実はイッシュに帰った後で、ここの校長のシアノさんにスカウトされたんだ。本当、何が起こるか分からないよね』
「スカウトされて特別講師……すごいなあ……」
『コウキのおかげだよ』
「え?」
コウキが素直に感心していたら、突然クダリからそう言われて目を瞬かせた。
『コトブキシティのトレーナーズスクールで、コウキが子供達に教えるの上手って褒めてくれたから。それでスカウトされた時にも、先生やってみようって思えた』
クダリは首から提げたホイッスルを握ると、少しだけ遠くを見てトレーナーズスクールの出来事を思い出した。
教え方が上手だとコウキに褒められた時に、クダリの胸の奥に灯った小さな光。
その光は旅を終えたその先の未来、自分が今まで進んできたものとは全く違う、以前の自分なら選ぼうとも思わなかった新しい線路をクダリに見せてくれた。
この話をすれば、たった一人の子供に一度褒められたくらいで、些か舞い上がり過ぎなのではと思う人もいるかもしれない。
しかしクダリにとって、あの時のコウキの言葉は、新しい線路を歩き始めようとする自分の背中を押してくれた大切な宝物となったのだ。
『ぼくに新しい線路を見つけるきっかけをくれて、本当にありがとう。コウキ』
コウキを見つめて礼を伝えたクダリの微笑みは、憑き物が落ちたみたいに穏やかで、その瞳はノボリと繰り広げたポケモンバトルの時に見せていたものと同じ、まるで星の様に輝いて見える。
そんなクダリの微笑みが見れた事が嬉しくて、でもその嬉しさを伝えるに相応しい言葉が見つからなくて、コウキは何も言わずに彼に笑い返して小さく頷いた。
「待たせてごめんねーコウキさん。あ、クダリ先生と一緒だったんだね」
「いえ、大丈夫です。初めましてシアノさん……と、ノボリさん!?」
名前を呼ばれて振り返ると、学園の入口からシアノがやって来たので、コウキが挨拶しようと立ち上がったら、何故か彼の隣に新しいコートに身を包んだノボリが立っていて、コウキは思わず大きな声を出した。
「コウキさま!お久しぶりでございます」
「はい、お久しぶりです。でもどうしてノボリさんもここに?」
「あれー?ノボリさん、コウキさんと知り合い?」
「はい!コウキさまは、わたくしとクダリの恩人でございます」
初対面ではなさそうな二人のやり取りを聞いて、シアノは顎に手を当てて首を傾げて尋ねると、ノボリが胸に手を当てて答えた。
「そっかー。じゃあ積もる話もあるだろうし、僕は先にテラリウムドームに行っておくよ!受付の子に声は掛けておくから、あそこのゲートからテラリウムドームに来てね。じゃあコウキさん、待ってるよー」
そう言ってシアノは手を振って先に行ってしまった。
「これから来客があるとシアノさまには伺っておりましたが、まさかコウキさまだったとは。先程までイッシュから学園の地下鉄のバトルサブウェイ化について、シアノさまと打ち合わせをしていたのですが……コウキさまの予定を遅らせてしまったでしょうか?」
「いえ!ボクが早めに来ただけなんで大丈夫です。ここの地下鉄も、バトルサブウェイになるんですか?」
ここに来る時に利用した地下鉄を思い出してコウキが尋ねると、ノボリは話したくて仕方がないと言わんばかりに「はい!」と大きく頷いた。
「登校時でもポケモンバトルができるようにと、元々は学園の創設に合わせて完成するように、我々ギアステーションと話を進めていたのですが、わたくしがヒスイ地方に飛ばされた事で企画が頓挫してしまったのです。ですが、数ヶ月前に今からでもできないかと、シアノさまに再び声を掛けていただきました。……なんともありがたい話です」
『ぼくがスカウトをされたのもその時。ぼく達シアノさんには頭上がらないね』
「ええ。…………時にクダリ、この後よければ一戦どうですか?」
話題を変えてノボリがモンスターボールを見せると、クダリはしばらく沈黙してから、自慢げに「ふふん」と鼻で笑った。
『実はここのバトルコート、もう押さえてる。十分後から自由に使えるよ』
「ブラボー、さすがですね。ルールはダブルバトルにしましょう。この前のリベンジです」
『その後はシングルね。ぼくもノボリにシングルで勝ちたい』
「いいでしょう」
「あれ?二人共、自分の専門と逆のバトルがやりたいんですか?」
てっきり自分の得意分野でやりたがると思っていたコウキは、二人のやり取りを聞いて少し意外に思った。
「ダブルバトル担当の後進育成の為にも、まずはわたくしが精進しなければなりませんからね。それにあの訓練場で行ったダブルバトル以来、何度かクダリにダブルバトルを挑んでいるのですが、あのわざを繰り出す速さに着いていくのは至難の業で、まだ一度も勝てていないのです」
『シングルの楽しさも知らないと、ダブルの楽しさをみんなにちゃんと伝えられない。ここのバトルはダブルが主流だけど、シングルが好きな子もいるしね。ぼくだってノボリにシングルでまだ一度も勝ててない。あの早業と力業が厄介』
二人共いつも通りの顔でもっともらしい理由を言っているが、負けて悔しいから戦いたいのが本音のようで、二人が互いに送り合う視線はどこか鋭かった。
「よろしければ、コウキさまも一緒にいかがですか?」
『ぼく達しばらくはここにいるから、シアノさんとの話が終わってからでもどうかな?』
「は……」
コウキは二人からの誘いに頷きかけたが、直前で踏みとどまって首を横に振った。
「……いえ、今日はやめておきます。明日ライモンシティに寄ってバトルサブウェイに行く予定なんで、その時にサブウェイマスターのノボリさんとバトルしたいです」
『じゃあコウキ。ぼく明日の仕事お休みだから、ぼくと一緒にマルチトレインに乗ろうよ!』
「本当ですか?じゃあ一緒に乗りましょう!」
『やった!二人でノボリ達ボッコボコにしようね!』
「ボッコボコ、ですか。それはそれは……ではバトルサブウェイ職員一同、全力でお相手させていただきます。コウキさまとクダリのご乗車、心よりお待ちしてますね」
「あはは……お手柔らかに……」
クダリの無邪気な笑顔と言葉で煽られたノボリの目はやや据わっており、圧のある真顔で告げられる歓迎の言葉と言う名の宣戦布告に、コウキは思わず苦笑いを浮かべた。
「あっ。よかったらヒカリもここに来ているんで、彼女にも会ってあげてください。ヒカリも二人に会いたがってたから、きっと喜ぶと思います」
「なんと!ヒカリさまもいらしているのですか?」
コウキがヒカリの話をすると、ノボリは驚いて大きな声を出した。
「はい、今レホール先生の所に話を聞きに行ってます。長引いて遅くなるかもしれないらしくて、明日の昼頃にギアステーションで待ち合わせして、バトルサブウェイに挑戦する予定だったんです」
『話は聞いてたけれど、レホール先生に会いに他の地方から来てくれた子、ヒカリの事だったんだね。ヒカリは歴史に興味あるの?』
「はい。あれからヒカリはシロナさんの所で歴史の勉強を始めたんです。今回ここに来たのもその勉強の一環としてなんですよ」
「そうでございましたか。……ならばヒカリさまにご挨拶するのは、明日の楽しみに取っておきましょう」
『勉強の邪魔しちゃ悪いもんね。コウキ、ぼく達結構話し長引かせちゃったけど、時間大丈夫?』
「え?……ああっ!?」
クダリの言葉を聞いてコウキが時計を確認すると、予想以上に話し込んでしまっていたらしく、かなりの時間が経ってしまっていた。
「いけない、すぐ行かないと!クダリさん、夜に一度連絡しますね!ノボリさんまた明日、バトルサブウェイで待っててくださいね!」
『いってらっしゃいコウキ!連絡待ってるね!』
「コウキさま!また明日、お待ちしております!」
コウキは二人に見送られながら、大慌てでゲートに向かって駆け出した。

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