四、同田貫正国は機嫌が悪い

刀剣乱舞合歓木本丸小説

「止まれ」

 低く短い声が鋭く響く。
隊長である国広が右手を上げて、他の者が歩みを止めた。
その途端、張りつめていた空気が、今にも切れてしまいそうな糸の様にピンと変化した。

「嫌な空気だ……囲まれていないか確認しろ。鯰尾、五虎退、先に前に行って偵察を頼む」
「分かりました」
「は、はい」

彼の指示に従って、鯰尾は手ごろな太い枝が生えている木の上へ、五虎退は前方の長い草むらの中へ姿を消した。

「見えました、鶴翼陣です!」
「えっと、敵は脇差3、短刀3です」
「よし、ならこちらは魚鱗陣だ」

陣を展開すると、敵の部隊が姿を現したので、全員素早く抜刀した。

「参る!」

 部隊長の掛け声で、全員が一斉に敵に襲い掛かった。
同田貫は近くにいた短刀に斬りかかった。
さすがに今まで戦ってきた敵とは違って、早さも動きも違う。
けれど倒せない敵ではない、相手の動きを見極めてタイミング良く叩き斬った。
倒した敵の残骸がボロボロと、空中に消え去っていく。
辺りを見渡すと、すでに他のメンバーも倒し終えているらしく、刀を納めていた。
同田貫の反対側で脇差を仕留めた部隊長は、誉桜を散らしながら、激しく動いてずれた頭の襤褸布を深く被り直していた。
彼が戦っている姿を見逃したなと、ぼんやりと見ていると、鯰尾の焦った声が聞こえた。

「9時の方向、検非違使です!!」
「くそっ、こんな時にか!」

 鯰尾から一番近くにいた長谷部がすばやく抜刀し、検非違使が姿を現した場所へいち早く走り出した。
他の者もそれに続いて、検非違使に斬りかかったが、どうやらいつもの戦場で現れる遡行軍よりも強いらしく、それぞれ苦戦している。
戦っている仲間の顔からは余裕がなくなっていた。
同田貫は先程と同様、近くにいる敵を斬りにかかった。
相手は先ほどよりも動きの遅い大太刀、動きはまだ読みやすい。
回り込んで、己の刀を思い切り振り上げた。

「キェアアアア!!」

ガキンッ!

「なっ!?」

 同田貫の刃は確かに通った。
しかし遡行軍とは比べ物にならない頑丈さで、相手の刀装が剥がれただけで、相手には傷一つついていない。
検非違使の強さは、部隊で一番練度が高い者に合わせられている、つまり部隊長である国広の練度に合わせられていた。
同田貫と国広の練度はかなり離れている。
承知はしていてもやはり不利な状況に、奥歯をギシリと食いしばった。
そして運が悪い事に、刀装を剥がした衝撃でよろけてしまった事で、大きな隙を生んでしまい、それを見逃さなかった大太刀が大きな刃を横凪に振りぬいた。

「ぐっ…!」

 咄嗟に地面を蹴って直撃は免れたが、両足、特に利き足を深く切ってしまい、地面を転がった。
自分の刀を支えにして再び立ち上がろうとしたが、踏ん張る事が難しく、何度も崩れ落ちてしまう。
そうこうしている内に敵が二撃目を食らわせようと、刀を振り上げた。

(避けられねえ…!)

 せめて相手の太刀筋をずらそうと、地面に座ったまま手に持った刀を構えると、ゴキリと嫌な音を響かせながら、敵が数メートル程吹っ飛んでいった。
いきなり吹っ飛んでいった敵を、何が起こったのか分からないで呆然としていると、敵を飛ばした張本人が同田貫へ駆け寄った。
彼が視線を合わせる為に膝をつくと、襤褸布の下から覗く、爛々と光る翡翠と目が合った。

「同田貫、大丈夫か!?」
「お前、今何したんだ…」
「蹴り飛ばした」
「は?」

 国広がさらっと言った事に、同田貫は言った本人と、飛んで行って未だに立ち上がれずにいる大太刀を交互に見た。
大太刀の体躯は国広よりも、一回りも二回りも大きい。
体格差はかなりあると言うのに、それを蹴り飛ばしたなんて、一体どんな脚力をしているのだ。

「とりあえず隠れるぞ、ここでは格好の餌食だ」

 そう言いながら、国広は同田貫に肩を貸して、近くの草むらに身を隠した。
少し離れた所から今の戦況を見ると、かなり混戦している様で、全員刀装は剥がれ落ちて、一番に敵に向かった長谷部と鯰尾は中傷、二振りがかりで槍と戦っている薬研と五虎退も中傷寄りの軽傷を負っていた。

「俺はあの大太刀を仕留めてから鯰尾の所へ行くから、同田貫はここで隠れていて欲しい。こっちに敵は来させない様にはするが、何かあったらすぐにでも誰かを呼んでくれ」

そう言って、国広は草むらから飛び出していった。


 速い。

走る彼を見てまず同田貫はそう思った。
ようやく体勢を立て直した大太刀の首を、わずかに跳躍して跳ね飛ばしたと思ったら、すぐに切り返して苦戦している鯰尾の元へ走っていく。
 大太刀と鯰尾が戦っている場所からは、中々に距離がある。
それでもスピードを緩める事無く、ぐんぐん距離を縮めて行き、あっという間に彼の元へやって来た。
もう一つの大太刀と、不利な鍔迫り合いになっていた鯰尾は、視界の端にこちらにやって来る国広に気づき、僅かに体勢を変えて、彼が止めを刺しやすいようにした。

「隊長さん!」
「はあっ!」

鯰尾が大勢を変えた事で、僅かによろめいた大太刀の急所に、己の刀を深く差し込んだ。
消えていく敵を見て、国広は一旦血振りをした。

「隊長さん、助かりました!」
「鯰尾、大丈夫そうなら、長谷部の所へ行ってくれ。薬研達の方は俺が行く」
「分かりました、任せて下さい!」

 鯰尾は土で汚れた顔でニカリと笑って見せると、そのまま長谷部の方へ加勢に向かい、国広は薬研達が戦っている方へ走った。

 敵の槍と戦っている薬研と五虎退は、攻撃は入れ続けていたが、頑丈な相手に決め手に欠けており、攻撃の数を増やすことで相手の体力を削っていた。
すると、相手の急所を狙って接近していた薬研が、槍の柄を腹部に食らい、弾き飛ばされた。
地面への衝撃に備えて体を丸めると、地面より柔らかい物に受け止められた。

「隊長!」
「大丈夫か?」
「助かったぜ」

礼を言いながら国広の腕から降りた薬研は、自分の手を握っては離して、体の感覚を今一度確かめた。

「まだ動けるか?」
「ああ、急所を狙ってはいたんだが、中々近づけなくてな。五虎退に囮になってもらって、俺が少しずつ攻撃してたんだ。少しでもいい、何か隙を作ってくれないか?俺と五虎退で止めを刺してやる」
「分かった。五虎退にもそれを伝えてくれ、それまでに何とかしてみる」
「ああ」

 薬研が五虎退の元へ走っていくのを見て、国広は再度刀を構えなおした。
敵の槍は、国広を倒そうと鋭い突きを繰り返す、それを彼は体を僅かに捻ったり、軽い跳躍などで避けきってみせた。
そして、槍が上段に突きを繰り出すと、国広は素早く納刀して、突き出された槍の下に潜り込み、刀が入った鞘を思い切り上へ振り抜いて、槍の柄を上へ弾いた。
柄が上に向かって弾かれた為、それを持っていた槍の腕は自然に上へ持ち上げられ、急所をさらすような格好になった。

「今だ!!」
「ずえりゃあっ!!」
「えいっ!」

 彼が生んだ敵の隙をついて、薬研は相手の懐に潜り込んで心臓を貫き、五虎退は跳躍して敵の喉笛を掻き切った。
致命傷を負った敵は崩れて、空中へと消えていった。
改めて国広が周りを見渡すと、最後の敵を長谷部と鯰尾が二刀開眼で、敵を倒している所を見て、全ての敵を倒し終えた事を確認した。

「帰るぞ、同田貫」

いつの間にか同田貫の目の前に立っていた男は、いつも眠たげに目を擦っている刀とは思えない、強い光を湛えた瞳で、同田貫に手を差し伸べていた。


「っああ~~!今回は酷くやられましたね!」
「みんな手入れしたら、あるじさま、また倒れちゃいますよね」
「まあ、今回は仕方ないさ。大将には悪いが、頑張ってもらおうぜ」
「長谷部、足をやられていたみたいだったが大丈夫だったか?」
「これくらい大丈夫だ、心配ならさっさと助太刀に来い」
「すまんな、長谷部ならもう少しいけると思った」
「当然だ。……正直鯰尾が来てくれたのは助かった」
「あれくらい当然ですよ!」

 検非違使との戦闘後、部隊はこれ以上の進軍は危険と言う事で、撤退する事になった。
本丸への道を歩きながら、皆すっきりとした顔つきで、互いに手を貸し合いながら談笑している。
薬研は負傷した五虎退の虎を何頭か抱えて、鯰尾は片足を負傷した長谷部に肩を貸していた。
両足を負傷している同田貫は、国広に背負われている。

 国広の背中に背負われながら、同田貫は先程の彼の戦闘を思い返していた。
その様子を草むらからずっと見ていた同田貫は、自分があの中で戦えない悔しさよりも、彼らの戦いぶりに心を奪われていた。
それぞれの強さ、短時間でもしっかりと取られていた連携、そして隊長である国広の立ち回り。
 演練でも自分より練度の高い、丁度今の隊長と同じ位の山姥切国広と戦った事がある。
手ごわい相手には変わりはなかったが、あの時は条件が良く、投石などで相手の刀装が剥がれてしまっていた為、何とか倒す事が出来た。
しかし、先ほどの戦闘での国広は、その演練での山姥切国広よりも強かった。
短刀並みの足の速さに、大太刀を蹴り飛ばす程の脚力、そして槍を上へと弾く程の腕力、そのどれもが演練での同位体よりも上回った強さだった。
正直、いつも眠っている静かな彼が、その印象とは違った荒々しい戦い方に、まるで別人の様な印象を受けた。
自分を背負うその背中は、総隊長にふさわしい、力強い物だった。

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