窓の外を見ると、すっかり夜になっていた。
ポケモンセンターに着いてから、ずっと部屋で手記の解読に熱中していて気づかなかったが、どうやら二、三時間程経っていたらしい。
テレビ電話機を借りて記憶している番号を押して、コール音を数回聞いていると、画面にナナカマド博士の顔が映った。
「こんばんは、ナナカマド博士」
『うむ、コウキか。ヒカリくんを探す旅に何か進展はあったか?』
「はい。実はナナカマド博士がくれたチラシの特別展に行って来たんですけど、その展示物の中にヒカリが写っている写真があったんです」
『なんと!!あの特別展にそんな物が展示されていたのか!確かあの特別展は、昔のシンオウ地方の物が多数展示されていたはず。……となると、ヒカリくんは過去のシンオウ地方にいるという事か?』
「コトブキシティのトレーナーズスクールにあった、シンオウ地方のポケモンバトルの歴史についての本にも、ヒカリが写っている写真がありました。だから今、ヒカリは昔のシンオウ地方。ヒスイ地方にいる可能性が高いと思っています」
『ウムウ、ヒスイ地方か……途方もない話だが、他の地方には時渡りをするポケモンも存在している。と思えばヒカリくんが過去の世界に飛ばされていても、何ら不思議ではないという訳か』
「それで、今日は聞きたい事があってナナカマド博士に連絡したんです。この画像を見てもらえませんか?」
本題に入る為に、コウキがクダリのスマホに入っている手記の画像を電話機の液晶に近づけると、画面の向こうのナナカマド博士も顔を近づけて、その画像を覗き込んだ。
『うむ……かなり古い時代の手記のようだが。これはどうしたのだ?』
「ヒスイの時代に書かれたと思われる手記の写真で、ポケッチカンパニーで働いていた持ち主の人に頼んで、撮らせてもらいました。それでナナカマド博士に聞きたいのは、このポケモンの事なんです」
コウキが画像の手記に描かれている四つ足のポケモンを指さすと、ナナカマドは難しそうな顔で口元に手を当てて、画面いっぱいに顔が映る程に近づいた。
『このポケモン、どことなく顔つきがディアルガと似ておる気がするな』
「はい、ボクもそう思いました。もしこのポケモンがディアルガと関係があるのなら、前にナナカマド博士がディアルガについて調べていた時に、このポケモンついても何か関連した情報があったかもしれないと思ったんです。博士はこのポケモンについて何か知りませんか?」
『ううむ……すまない、今はまだ分からない』
「そうですか……」
落胆するコウキを見て、『コウキ、諦めるのはまだ早いぞ』とナナカマドは静かな声で奮い立たせた。
「え?」
『わたしもこのポケモンに興味がある、こちらでも調べてみよう』
「本当ですか!?」
ナナカマドからの言葉に、コウキは飛びついた。
正直自力で答えを突き止められる範疇を超えていると思っていたので、専門家である彼からの協力はまさに渡りに船だった。
『ああ。一週間程待ってくれ、何かしらの情報は見つかるだろう。……あの資料と……ああ、……についての本も』
ナナカマドはそう言って、電話機のマイクで途切れ途切れにしか拾えない声量で、調べる資料の名前を並べてから、何かを思い出したように『ああそれと』と付け足した。
『昨日シロナさんから連絡があったのだ。今調べている事ついて、コウキに話したい事があるらしい』
「ボクに話したい事?」
『ああ。一週間後の午後、ハクタイシティのポケモンセンターで待っているそうだ。彼女ならその手記の解読にも、きっと力になってくれるだろう』
「ここからだと、ソノオシティに行って、ハクタイの森を抜けて……うん、なんとかなりそうかな。ありがとうございます、博士。早速行ってみます」
『うむ。……ところでコウキ、そんなスマホなんて今まで持っておったか?』
話が一段落してからのナナカマドからの質問に、コウキは意味が分からずにキョトンとしていたが、持っていたスマホに目を落とすと、自分がこのスマホの持ち主について何も話していない事に気づいた。
「このスマホはボクのじゃなくて、今一緒に旅している人の物なんです。行方不明の双子のお兄さんを探しに、イッシュ地方から来たクダリさんっていう人で、博物館に行った時に彼に会って、それから一緒に旅をしています」
『……イッシュ地方で、クダリ?どこかで聞いた名前のような気もするが……』
「今はケガをして辞めてしまったらしいんですけど、元はバトルサブウェイっていうバトル施設で、サブウェイマスターをしていた車掌さんなんです。イッシュ地方では有名な人らしいので、ナナカマド博士も名前を聞いた事があるかもしれません」
『ああそうだ、サブウェイマスター!』
聞き覚えのある名前にナナカマドは首を傾げていたが、コウキからの説明を聞いて思い出したらしく、目を見開いて手を叩いた。
『名前を聞いた事があるのはそのせいだったか。それでクダリさんとの旅はどうだ?』
「そうですね……すごいな、っていつも思ってます」
ナナカマドから旅の様子を尋ねられて、コウキは目の前の人と同じように口元に手を当てて、ポツリと一言そう呟いた。
「トレーナーズスクールの本の存在に気づけたのも、クダリさんがもう一度博物館を見てみたらどうかな、って言ってくれたからだったし、この手記の写真が撮れたのも、クダリさんがポケッチカンパニーで長くシンオウ地方にいる人を探そう、って提案してくれたからなんです。どうするのが一番良い方法なのかをいつも冷静に考えていて……自分は冷静じゃなかったんだなって、改めて思いました」
ヒカリを探す為に必死で、ひたすら前を向いて走っていたつもりだった。
自分が走っている道すら見えない暗闇の中を、立ち止まる事を悪として、ただがむしゃらに走るだけ。
その進む方向が本当に正しいかも分からず、むしろヒカリから遠ざかっている可能性だってあったというのに。
そんなかつての一人旅を思い出しながら、コウキは彼から借りているスマホに目を落として、苦笑交じりの笑みを浮かべた。
「あっ、すごいのはそれだけじゃないんですよ?クダリさん身体が少し不自由なんですけれど、トレーナーズスクールで子供達とポケモンバトルした時、クダリさんは声の代わりにホイッスルの音だけでポケモンに指示してたんです!子供達に囲まれて色んな質問をされても、筆談で丁寧に教えてたし、あとクダリさんのポケモン達もすごくて……博士?」
指を折りながら夢中で話している内に、時折返されていた相槌が聞こえなくなったので、不思議に思ったコウキが話を止めると、ナナカマドは僅かに目尻を下げた優しい表情で、画面越しのコウキの顔を見つめていた。
『そうか。……クダリさんとの旅は、コウキに良い影響をもたらしてくれたようだな』
「え?」
『おまえがヒカリくんを探すようになってから、旅の内容をそんな風に楽し気に話したりしなかった。……それに、前にわたしが休むように言った時よりも随分顔色が良くなった。安心したぞ』
「あ……」
普段よりも柔らかい声色からナナカマドの安堵が伝わって来て、コウキは思わず自分の頬に触れた。
コウキは体力の少ないクダリの体調を考えて、二人で旅をするようになってからは、できるだけ頻繁に休みを取るように心がけていた。
そのおかげか自分の身体の調子も良くなり、狭くなっていた視野も広くなって、ポケモンバトルを楽しめる程にまで、心に余裕ができた気がする。
それだけでなく、同じ目的地に向かって隣を歩いてくれるクダリの存在が、いつの間にか自分の大きな心の支えになっていたのだ。
「……ボク、思ってた以上にクダリさんに助けられてるみたいです」
『そのようだな。機会があれば、ぜひクダリさんとも話をさせてくれ。……おっと!もうこんな時間か』
「あっ、本当だ。けっこう長話になっちゃいましたね、そろそろ切りますね」
『ではコウキ。さっきのポケモンについて何か分かれば、シロナさんにあらかじめ伝えておく。一週間後にハクタイシティのポケモンセンター、忘れぬようにな』
「ありがとうございます博士。ではお願いします」
『うむ。じゃあおやすみ、コウキ』
「はい。おやすみなさい」
二人は短い別れの言葉を交わすと、どちらからともなくブツリと音を立てて通信が切れた。
電話機から離れて時計を見ると、先程見た時から長針が半周以上回っている。
十五分くらいで話を済ませようと思っていたが、予想以上に長く話し込んでしまったらしい。
随分と待たせてしまったなと、部屋で待ってくれている人の顔を思い浮かべながら、コウキは早歩きで部屋に戻った。
「戻りました。すみませんクダリさん、すごく待たせ、て……あ」
部屋に入ってすぐに、かなり待たせた事を謝ろうとしたコウキは、中の光景を見てすぐに口を閉じた。
クダリがいた筈のベッドの前に、オノノクスが立っており、慣れた様子で何かにブランケットを掛けている。
足音を潜めてオノノクスの陰からベッドの上を覗くと、コウキを待っていた筈のクダリが、ベッドの上で先程座っていた場所から、そのまま横倒しの状態で眠っていた。
眼帯に隠されていない方の瞼は静かに閉じられ、耳をすませば規則正しい寝息が聞こえてくる。
ブランケットの下にあるやわらかい黄色に気づいて、彼の顔から胸の方へ視線をずらすと、デンチュラが自分の身体をパートナーに押し付けるようにして眠っていた。
大方コウキを待っている間に、デンチュラがクダリの元に遊びに来て、そのまま仲良く寝落ちしてしまったのだろう。
元々かなり疲れていた様子だったから、無理もなかった。
「クダリさんのブランケット、ありがとうオノノクス。今日はもう寝ちゃおうか」
寝落ちしてしまったパートナーの代わりに申し訳なさそうな顔をするオノノクスに、コウキは小声でお礼を言ってから部屋の電気を消した。
部屋全体を改めて見渡すと、ふたりの手持ちのポケモン達もほとんど眠りについているらしく、皆モンスターボールに戻っているか、各々好きな所で寝っ転がっている。
唯一起きていたオノノクスも、眠っている仲間達の間を器用に通り抜けて、自分のモンスターボールに戻っていった。
自分のベッドに目を向けると、コウキの枕はエーフィに、ベッドの上半分は既にアブソルに占領されていた。
ベッドの下半分とブランケットが無事だったのは、コウキへの慈悲のつもりなのだろう。
寝る所がほとんど無くなっちゃったなあと苦笑しながら、コウキは無事だったブランケットにくるまり、アブソルの身体にぴったりと寄り添う形で、ベッドに無理矢理横たわった。
すると自分に寄り添ってきた感覚で、自分のパートナーが戻って来た事に気づいたのか、眠っていた筈のアブソルが片目を開けた。
「ようやく戻って来た」と言わんばかりの表情をするアブソルを見て、コウキは「起こしちゃったね」と、横たわったままその背中をしばらく撫でてやる。
「おやすみ、アブソル」
小さく喉を鳴らして満足したらしいアブソルを見て、コウキは今度こそ目を閉じ、アブソルもコウキが完全に眠りにつくのを見届けてから目を閉じた。

コメント