三行半を突きつけるまたとない好機 【中編】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機小説

 少しの間一人になりたかったコウキは、クダリも、手持ちのポケモン達すら全て置いて、身一つでポケモンセンターから少し離れた所にあるベンチに座って、月を見ていた。
銀色の光は目に優しく、夜空にぽっかりと円形になって浮いている様子は、まるで空に穴でも開いているみたいだ。
あれが向こうの世界へ繋がる入口だったら……なんてありえない想像をしながら、そのやわらかい光に向かって手を伸ばす。
しかし何もない虚空を掴むだけで、虚しい気持ちになるだけだったので、コウキはゆっくりと手を下ろしてため息を吐いた。
どれだけの時間そうしていたのか、気づけばコツ、コツと固い音が近づいてきたので顔を上げると、シャンデラを連れたクダリがコウキの前に立っていた。

「クダリさん?どうしてここに?」

 コウキが驚いてその場で立ち上がると、彼は何も言わずにニコリと笑って、座り直したコウキの隣にストンと座り、杖は自分のすぐ側に立てかけた。
声に代わる文字をコウキに読んでもらいやすいように、スマホは太ももの上に置いて、画面に指を滑らせる。
どうして彼が追いかけてきたのか、その意図が分からずコウキはその仕草をぼんやりと見ていると、文字を入力し終えたクダリは、自分の膝をコウキの膝にコツリとぶつけて、スマホの画面を見せた。

『コウキのポケモン達はシビルドン達に任せてるから大丈夫だよ』
「あ……ありがとうございます」

まるで考えを読まれていたかのように、クダリがポケモン達をどうしたのか簡潔に教えてくれて、コウキはやや戸惑いながら礼を言った。
クダリは次の言葉も既に用意していたらしく、フリック操作で画面をスクロールすると、次の文章を見せてきた。

『眠れない?』
「……はい、ちょっと」
『じゃあ、今日は夜更かししちゃおうか』
 
 明日もシロナに会う予定だから、本当はそれに備えて早めに睡眠を取るべきなのに、眠れないコウキを咎めようとはせず、クダリは足を投げ出してベンチの背もたれに身を預けた。
コウキはチラリと横目でクダリを見てみると、彼はいつも通りの表情で月を見上げていて、考えが全く読めない。
彼には今日、ずっと気を遣ってもらっている。
それを申し訳ないと思っていたコウキは、躊躇いからか小さく口を開いては噤みを繰り返し、ようやく重たい口を開いた。

「あの……クダリさん、ごめんなさい」

コウキからの突然の謝罪に、顔を向けたクダリは不思議そうに首を傾げた。

「シロナさんとの話を任せっきりにして、ずっと気を遣ってくれて。……ボク、頭の中が真っ白になっちゃって。今も、どうしたらいいか分からなくて」
『仕方ないよ。ヒカリの事、びっくりしたよね。もし本当だったらあのポケモン図鑑完成させるの、きっとすっごく大変だったと思う。ヒカリ、すごい事してたんだね』
「……そうですね。ヒスイ地方はポケモンについてまだよく知らない人も多かっただろうから、ポケモンと仲良くなる為にあの図鑑に助けられた人が沢山いたと思うし。……すごい事だと思います」
「…………」 
「…………」

 心配して追いかけて来てくれた人に無理に笑顔を作って、寄り添おうとしてくれる相手の言葉に、中身が伴っていない無難な言葉を返して、そんな自分に自己嫌悪してしまう。
口をつぐんでしまったコウキは、クダリのスマホから目を逸らしてしまったので、二人の間には再び気まずい沈黙が漂った。
何も言わないままでいれば、クダリも諦めて部屋に帰って行くだろうと思っていたが、しかし彼はコウキの隣を離れなかった。

『ねえ、ヒカリってどんな子?』
「え?」

まさか目の前にやや強引に画面を見せてくるとは思わなかったので、驚いたコウキは思わず顔を上げた。
クダリからの唐突な質問文には、まだ続きがある。

『ぼく、ノボリの事ばかりで、ヒカリの事全然知らなかった。ヒカリに会えた時、ぼくもお話してみたいからヒカリの事知りたい。だからコウキの知ってるヒカリの事教えて欲しい。教えられる事だけでもいいから』

クダリの言葉を読んで、コウキが戸惑いの目で本人を見つめると、彼は何も言わずに、ただ真っすぐにコウキを見つめている。
クダリはコウキに強制している訳でも、強要している訳でもないのに、その目の光は何故かコウキに話をさせる力を持っていた。

「えっと……ヒカリはボクの後輩のトレーナーって事は、会った時に言いましたよね」

コウキは何から話そうかと考えながら、膝の上で指を組んで自分の靴を見つめながら、ポツポツと話を始めた。
 
「……ヒカリとはシンオウ地方の全てのポケモンを見て、ポケモン図鑑を完成させる同じ目的がある仲間だったんです。もう随分前の話になるんですけど、実はヒカリにポケモンのゲットの仕方を教えたのはボクなんです。最初はビッパを捕まえるのも大変そうだったのに、次に会った時はもう他のポケモンも何匹か捕まえていて……あはは、あの時はびっくりしたなあ」

 一度話し始めると、糸が解けていくようにスルスルと口から言葉が出てきた。
ビッパを捕まえようとして、覚束ない手つきでモンスターボールを構えていたヒカリの姿と、次に会った時にはもう数匹のポケモン達を連れていた頼もしい姿を思い出して、コウキは懐かしさに目を細めて小さな笑い声を漏らした。
トレーナーとして目覚ましい成長を見せる彼女の輝きは、出会う度に増していき、とても眩しかった。

「それからも旅の途中で時々会っていて、一緒に色んな事をしました。ヒカリと、彼女の幼馴染のジュンっていう子と三人で手分けして、幻のポケモンを探しに行った事もあるんです。大変な事もあったけど、おかげでボクも沢山の事を知る事ができたし、成長できたと思います」
 
 最初は自分が助ける方が多かったが、自分もヒカリに沢山助けられた。
常に一緒にいた訳ではないが、時折彼女の旅に同行して、一緒に困難を乗り越えた事もあった。
自分一人で旅をするだけでは見られなかった景色や出会いがあった。
その思い出の景色を頭に浮かべると、胸の奥が心地いい温かさで満たされる気がした。
    
「だから……あ」

 話している内に、気が付けば頬を伝っていた温かい感覚に、コウキは驚いて自分の頬に触れた。
彼女との沢山の思い出が頭の中を駆け巡って、堪えきれなくなった涙が次々に溢れて来る。
小さく頷きながら話を聞いていたクダリが、自分の涙を見ても静かな面持ちのまま、真っ直ぐこちらを見つめ続けているので、コウキは涙を服の裾で軽く拭って話を続けた。

「だから……ヒカリと過ごした時間はすごく楽しくて……とても大切な思い出で……」
 
 コウキはできるだけ同じトーンで話を続けようとしたが、だんだん言葉が尻すぼみになっていく。
身体の奥から熱い何かがせり上がってくるのに、喉の奥でグッと堰き止められているみたいで苦しい。
酸素を求めるコウキの身体は、本人の意思を無視して小さくしゃくりあげた。

「……ボク、ヒカリは強い子だって思ってたんです」

 内からこみ上げる抑えきれない熱は、コウキが氷の様に固く閉ざそうとしていた思いを、みるみるうちに溶かしていく。
身体の中でぐるぐると閉じ込められて、ずっと外に出せなかった感情が、ようやく言葉としてコウキの口から零れ始めた。
 
「ヒカリはどんな大変な事があったとしても、ずっと前を向いて突き進めるような……名前の通り、道の先を照らしてくれる光みたいな子だって。……でも違いました。あのポケモン図鑑を見るまで……ボク、気づけませんでした。『帰りたい』って、当然ですよね。突然知らない場所に飛ばされたら、誰だって不安になるに決まってます」

 一体どんな思いであの四文字を書いたのだろう。
今の今までずっと考え続けてようやく気付いた。……いや、思い出したと言ってもいい。
ヒカリは強いポケモントレーナーである前に、一人の女の子だ。
きっとコウキと一緒に困難に立ち向かっていた時も、人知れず胸の内に抱えていた不安や恐怖があった筈だ。
それを一切見せないように覆い隠していたのは、彼女の優しさや強さでもあり、自分の弱い心を覆い隠す鎧でもあった。
あの四文字は、ヒカリが隠しきれなかった、彼女の弱い心のほんの一欠片だったのだ。
 
「……ボク、さっき嘘つきました。本当はポケモン図鑑を作ったのは、ヒカリじゃなくてもいいのにって思ってるんです」

一度涙を拭って、軽く息を整えたコウキからの思わぬ告白に、クダリは小さく息を飲んだ。

「コトブキシティで見た写真……ヒカリは笑ってたけどケガしてました。擦り傷とか切り傷とかの小さいものばっかりだったけど……ポケモン図鑑を完成させる為に、ケガをするのが当たり前だったのかもしれない。……危ない目に遭うのが分かっているなら、ボクはヒカリにポケモン図鑑を作って欲しくないんです」

隣でクダリが静かに聞いてくれるのをいい事に、大きな音で鼻を啜りながらも、自分の思いを垂れ流し続ける口は止まらない。
止めようとしても、もし止めてしまったらもっと苦しくなる。
それを心のどこかで分かっているから、止められなかった。

「こんな考え、ヒカリが頑張ってきた事を否定しているのと同じだって事は分かってます。……でも、怖いんです。ノボリさんのコートの解説文で、ヒスイ地方ではポケモンが人を襲う事もあるって書いてるのを見てからずっと……ヒカリもそんな目に遭ってるかもしれないって思うと……怖くて」
 
 真夜中のコトブキシティのポケモンセンターで、シャンデラを抱きしめて涙を流していたクダリの姿を思い出す。
自分が助けに行けない場所で、大切な人が傷ついているかもしれないという不安と、最悪な事が起きているのではないかという恐怖。
あの夜に彼が抱えていた気持ちが、今なら痛い程理解できる。
傷ついているヒカリの姿を想像しただけで、こんなにも辛くて、苦しい。

「……む、向こうの世界で……痛い思いをしてないかとか、辛い目に遭ってないかとか考えたら……すごく心配で……」

何もできない自分が不甲斐なくて、情けない。
 
「……ヒカリに会いたい」
 
 コウキは振り絞るような弱々しい声でそう呟くと、いよいよ泣き声を抑え切れなくなって、しゃくりあげながら、手の甲で何度も涙を拭った。
すると肩の周りが温かい物に包まれたと思ったら、優しい力で身体が引き寄せられ、何の抵抗もしていなかったコウキは、そのまま上半身を温かい何かに包まれた。

「……?」

 気が付けばコウキはクダリの肩に頭を預けていた。
あまり強くなく、けど振り払えない程度の力加減で、クダリに抱き寄せられている。
もぞもぞと身じろぎをしてクダリの顔を見ようとしたが、眼帯とコートの大きな襟に阻まれて、その表情は分からない。
 しばらくすると、まるで自分が小さな子供をあやしているみたいに、トン、トンと一定のリズムで優しく肩を叩かれた。
布越しに伝わってくるクダリの体温が、夜風に晒されて冷え切った身体にはとても温かく感じて、離れがたい。
もういっそこの優しさに甘えてしまって、今ここで思い切り泣いて、この辛い気持ちを全部流してしまおうと、コウキはクダリの肩に頭を預けたまま、涙が枯れるまで泣きじゃくった。

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