三行半を突きつけるまたとない好機 【中編】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機小説

「さあ、入って。少し狭いけれど」
「あっ!」
「ぁ……!」

 シロナによってとある部屋に案内された二人は、その部屋の中を見て驚きの声をあげた。
窓のない殺風景な内装の部屋には、沢山の資料や写真、クロガネ炭鉱博物館でケース越しに見ていた物達が、それらが透明な壁に遮られる事なく、棚やテーブル、台座の上で所狭しと並んでいる。

「すごい量……でも、どうしてここにあの博物館の物が」
「コウキくん達はクロガネシティの展示を見たのね。実は言うと、あの特別展にあたしも協力していて、展示期間が終了したから今は調査の為に展示物の補修作業を進めているの。いつもは他のスタッフもいるんだけど、今日は頼んでこの部屋にはあたし達だけにしてもらったわ」
「そうなんですね……」

ヒスイの時代の物量にすっかり圧倒されて、シロナの言葉にコウキはぼんやりと返した。

「見て欲しい物は奥にあるの。こっちに来てくれるかしら?」

シロナに手招きされて、二人はテーブルの間の狭い空間をすり抜けて、部屋の奥へ奥へ進んでいった。
その先には、四人組が座れる程度の大きさのテーブルが置いてあり、テーブルの上には、小さな黄色い髪飾りが二つ乗った銀色のバットと、ノボリのコートが広げた状態で乗せられた台座が乗っていた。
 
「!」
「ノボリさんのコート!……と、もしかしてこれ、ヒカリの髪飾りですか!?」
「やっぱり、コウキくんもそう思ったのね」

 見覚えのある髪飾りを前に、コウキはテーブルに駆け寄った。
そんな彼の反応を意味深に見つめるシロナは、テーブルの隅に置いていた白い手袋を身につけた。

「あたしもこの髪飾りとコートを初めて見た時、とてもよく似ていると思った。けど最初はたまたま似ているだけだって、あまり気にしていなかったの。……でも調査を進めて行く内にこの二つだけ、ヒスイ地方では本来あり得ない物で作られていた事が分かったの」
「ヒスイ地方では、本来あり得ない物?」

 シロナの言葉を聞くと、目の前の髪飾りがどこか異質な物の様に感じられて、コウキは首を傾げた。
対して、彼の隣に立ってノボリのコートを見つめたまま、ずっと黙っていたクダリは、テーブルにスマホを置いて文字を入力すると、本体を回転させて完成した文章を他の二人に見せた。

『サブウェイマスターのコートは多少のポケモンのわざにも耐えられるように、コートを作っているメーカーが独自で作っている布だった。ヒスイ地方で同じ物が作れるとは思えない』
「そう、クダリさんの言う通りよ」

クダリの意見に同意したシロナは大きく頷いた。
 
「あの時代には、このコートに使われている布を作る技術がまだ無い筈なの。この髪飾りもそう。使われている材料もあの時代では作れない筈の物だった。つまりこれを身につけていた人物は、ずっと未来にいた人だという可能性が高いの。……クダリさん、これを見てください」

手袋を嵌めたシロナの手が、繊細な手つきで慎重にノボリのコートの胸元の部分をそっと捲り上げた。

「このコートの内ポケットに刺繍されている文字。……これはノボリさんのイニシャルじゃないかしら?」

 シロナが指さしたのは、捲られたサブウェイマスターのコートの中にある内ポケット。
クダリは彼女に促されるままテーブルに一歩近づいて、コートの内ポケットを覗き込むと、息を止めた。
そこにはほつれて辛うじて原型を留めている、アルファベットの「N」の文字。
それを目にしたクダリは、目を閉じて大きく息を吐き、その後で安心したような微笑みを浮かべた。

『間違いない、これは本物のノボリのコート。正直に言うとね、このコートもあの写真のノボリも、本当はただのそっくりさんなんじゃないかって、ずっと不安だったんだ。でもこれでぼくの目的地がはっきり見えた。ありがとう、シロナさん』
 
このコートを手掛かりに進んで来た旅の道中、心の中でどうしても捨てきれなかった恐ろしい可能性。
それを消し去ってくれたシロナに感謝を伝えたくて、クダリが深く頭を下げると、彼女も小さく頷いて微笑み返した。

「さてと、もう一つ見て欲しい物があるの。もう少し奥にあるから移動しましょうか」

 次にシロナに案内されたのは、茶色の紙が大量に並べられた、先程のテーブルよりも更に大きなテーブル。
紙の枚数を見るに、元は本だったのだろう。
並べられた紙はどれも劣化でボロボロになっていて、迂闊に触れると今にもそこから崩れて落ちてしまいそうだ。
紙に書かれている文字や絵も、劣化のせいでほとんど分からない部分も多かったが、よくよく見てみると所々に見覚えのある絵があって、コウキは博物館での記憶を手繰り寄せると、この本が何なのかを思い出した。

「これ、ポケモン図鑑ですよね?博物館にあったのよりもずっとボロボロですけれど」
「ええ。博物館にあったのはレプリカ、そしてこれが本物のポケモン図鑑。状態があまり良く無かったけど、ここまでなんとか復元できたの。こちらが最初の方のページから続いていって、あのページが最後になるのだけれど……二人共、この図鑑の文字の書き方を見て、何か気づかないかしら?」
「文字じゃなくて、書き方ですか?……うーん」

引っかかるシロナの物言いに首を捻りながら、コウキはテーブルから身を乗り出して図鑑を覗き込んだ。
 
「……最初の方のページは、あの手記の文字よりも線がふらふらして見えますね」
『書く道具を使い慣れてない人が、たくさん練習して上手くなっていったみたい』

コウキが気づいた事を話すと、クダリもそれに同意するように頷いて、自分が気づいた事を画面で二人に見せた。

「二人共正解よ。当時何かを書く時は筆を使うのが主流だった筈なのだけれど、最初の方のページの筆運びを見ると、これを書いた人は元々はペンを使って文字を書いていた人の可能性があるの。……それでコウキくん」

シロナは一旦言葉を切ると、コウキに向けて真っすぐに視線を合わせた。

「あたしはこのポケモン図鑑、ヒカリさんが書いたと思っているの」
「…………えっ!?」

 シロナの推測とお願いは、あまりに突飛な内容だった。
十数秒にわたる放心状態の後、ようやく彼女の言葉を理解したコウキは、驚きのあまりその場でのけぞった。
博物館に展示されるような貴重な物が、実は自分の知っている子が作っていたなんて、そんな事あるのだろうか。
大きな衝撃を受けた後、頭の中に浮かんだ大量の疑問符に眩暈がして、コウキは頭を抱えた。

「この図鑑を、ヒカリが?……でもどうして?」
「いきなりこんな事を言われて戸惑うのも無理ないわ。でも、もちろん理由はあるの。……ここを見てくれるかしら?」

 シロナは二、三歩隣に移動してから、並べられた紙の内の一枚、その一点を指さしたので、コウキ達は少しだけ身を乗り出して、彼女の指先を覗き込んだ。
ポケモンの絵とその説明文らしき文字が並ぶページが大半の中で、そのページには一点だけ他と違う物が書かれていた。
説明文の下に書き損じを誤魔化そうとしたような、ぐしゃぐしゃな線が小さく残っている。
よくよく近づいて見てみると、上書きしようとした線が大きく乱れているせいで下の文字が読めそうだったので、身を乗り出して紙を覗き込んだコウキは、何が書かれているか分かった瞬間、ヒュ、と息を飲んだ。

「『帰りたい』……」
「そうよ。本来ヒスイ地方の時代だと、もう少し違う言い回しになるのだけれど、この言葉だけ唯一現代の言葉遣いで書かれているの。それだけだとノボリさんが書いた可能性も考えられるけれど、彼はヒスイ地方でポケモンバトルを広めた中心人物だったと、僅かな資料が残っている。多くのポケモンには関わっていたでしょうけど、全てのポケモンに出会って図鑑を作るのは難しいと思うわ。となれば、もう一人の未来から来た人物。ヒカリさんがこの図鑑を作ったのではないかと考えられるの」
「…………」

シロナの考察を話す声は頭の中ですり抜けて、コウキは言葉を失ってその場に立ち尽くし、ヒカリの文字のみを見つめていた。

「……コウキくん?ごめんなさい。一気にまくし立ててしまって、大丈夫?」
「あ……い、いえ!大丈夫です!」

 悲愴な面持ちで沈黙するコウキの顔を見て、シロナはそっと声を掛けた。
ハッと我に返って、慌てて表情を取り繕おうとするコウキの横顔を見ていたクダリは、コツコツと指先でテーブルを叩いて、シロナにスマホの画面を見せた。

『シロナさん。ぼく、立ちっぱなしでちょっと膝が痛いから、少しの間だけ座れる所で休ませて欲しい』
「……そうね。少し休憩して、話の続きはその後にしましょう!お茶を用意してくるから、向かいの休憩室で待っていて」
「あ……」

 クダリからのお願いの文を読んだシロナは、コウキにチラリと視線を向けると、敢えて明るい声を出して、コウキが呼び止めようとする前に、お茶を用意する為にどこかへ行ってしまった。
シロナを呼び止めようと咄嗟に前に出した手が、宙に浮いたまま中々下ろせず、そのまま動けないコウキに、クダリは彼の前に立ってその肩を叩いた。

『コウキ。ドアノブが丸くて、ぼくじゃ上手くドア開けられない。先に行ってドア開けてくれる?』

 そう言ってスマホの画面を見せるクダリの表情は、この場では不自然に思える程に自然な笑顔だった。
今まで彼がコウキに膝が痛いと訴えた事は一度もない。
ここでただ休憩を挟ませると、コウキが気を遣って無理をしてしまうので、クダリは嘘をついて自分を休憩を取る理由に仕立て、シロナもそれを察したのだろう。
二人に気を遣われていると気づいたコウキは、申し訳ない気持ちでいっぱいになって、無言で頷く事しかできなかった。

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