『ありがとう、もう大丈夫。ぼく、コウキの前で泣いてばっかだね。ちょっと恥ずかしい』
泣いて少し疲れたクダリは、近くの空いている椅子に座ると、少し赤くなった目で微笑んで文章を入力したスマホの画面を見せた。
「ノボリさんがポケモンに襲われてるかもしれないって知った後で、ノボリさんの元気な姿の写真を見つけたんですから、仕方ないですよ。……すごいですね、ノボリさん。シンオウ地方のポケモンバトルにこんなに深く関わってたなんて」
コウキは写真の隣にある小さな説明文を、人差し指でなぞった。
そこには『この写真の二人について詳細な記録は残っていないが、僅かに残っている当時の訓練所の記録などから、この男性がポケモン勝負を広めた中心人物ではないかと言われている』と書いてあり、ノボリの足元に小さな矢印が付けられている。
もっと多くの資料が残っていたら、シンオウ地方の偉人となっていたかもしれない程のノボリの功績にコウキが驚いていると、クダリもそれに大きく頷いた。
『ノボリが過去の世界で頑張ってた事が、こうして今に繋がってるなんて。これってとてもすごい事。それよりもノボリとヒカリがバトルしてる方がびっくりした!ぼく達の目的地、同じ場所だった。これが分かっただけでも大進歩!』
「はい!二人が同じ場所に、しかもバトルもしてるって事は、二人共仲良くなってるかもしれないですね。……あれ?」
「?」
「…………」
こちらに近づいてくる小さな足音にコウキ達が目を向けると、二人のいるテーブルに近づいてきた一人の女の子が、子供特有の大きな目を丸くして、不思議そうにこちらを見上げていた。
「……?」
「白いお兄さん。その子、見た事ないポケモンだけど、なんて言うポケモンなんですか?」
椅子に座ったまま女の子の方に身体を向けて「どうしたの?」と聞くようにクダリが首を傾けると、女の子は興味津々といった様子でシャンデラを指さした。
声を掛けた女の子を皮切りに、他の子供達も次々とやって来たので、クダリは口元に手を当てて少し考える素振りを見せると、ショルダーバッグからブラウンの革製の手帳を取り出した。
どうやら彼は小さな画面のスマホを使うより、文字がずっと残って大人数相手でも読みやすい、手帳を使った筆談の方がいいと判断したらしい。
ペンホルダーから黒いペンを引き抜くと、びっしりと書き込みがされているページを捲り、右前腕全体を使うように手帳を押さえると、手帳の後半の白紙ページに罫線からはみ出るくらいの、やや大きめの文字で自分の言葉を書き始めた。
『この子はね、シャンデラって言うポケモン。ぼくの大事な人のポケモンなの』
「今まで見た事ないポケモンだけど、どこでこの子をゲットしたの?」
『ぼく、イッシュ地方から来たんだ。シャンデラもイッシュ地方のポケモンで、シンオウ地方にはいないポケモンなんだ』
「この子、ほのおタイプ?どんなわざが使えるの?」
『正解!シャンデラはほのお・ゴーストタイプだよ。わざ構成はないしょ、バトルしてからのお楽しみ』
他にもシャンデラの簡単な生態や、触ってもいい場所と駄目な場所、どんな食べ物が好きなのか、クダリは子供達の次々に投げかけられる質問に、一つ一つ分かりやすく答えていく。
「お兄さん、ぼくとバトルして!ぼくそのポケモンとバトルしてみたい!」
そして一つのモンスターボールを抱えている男の子からバトルに誘われると、クダリは嬉しそうに目を輝かせて、笑顔で大きく頷いた。
『コウキ。バトルの審判してくれる?』
「え!?……わ、わかりました!大会の審判の人みたいに上手くできないけど、一対一でポケモンが戦闘不能になったら負け、でいいですよね?」
クダリの手帳の文字を読んで戸惑いながらも、コウキが立ち上がって頷くと、クダリも頷いて立ち上がり、子供達がポケモンバトルをしていた広いスペースを指さした。
「あっ。……でもクダリさん、ポケモンの指示はどうやってするんだろう?」
子供達に急かすように背中を押されながら、バトルコートの真ん中に立つと、コウキははた、と疑問に思った。
失礼ながら彼の話し方では、ポケモンへの指示が正確にできないのではないかと見ていると、彼はグリップの部分に手を置く形で杖を右手に持ち替えると、首にさげていた銀色のホイッスルを咥えた。
ピッ、と短い音を一つ鳴らすと、シャンデラの纏っている雰囲気が一瞬でピンと張り詰める。
数段迫力が増して、近寄りがたさすら感じる程だ。
元はバトルサブウェイでポケモンバトルをしていたポケモンだ、シャンデラが放つ強者のプレッシャーに、コウキは思わず唾を飲み込んだ。
「じゃあ、二人共!準備はいいですか?」
コウキが片腕を上げてフィールドの両端に立つ二人に声を掛けると、クダリと男の子は笑顔で頷いた。
「よし。……それじゃあ……始め!!」
バトルを始める合図がこの場にいるみんなに伝わるように、掲げた手を思い切り振り下ろした。
「いけ!ケーシィ!チャージビームだ!!」
男の子は先手必勝とばかりに相棒のに指示を出し、シャンデラに攻撃を仕掛けた。
エネルギーを溜めて放たれたケーシィのチャージビームは、真っすぐにシャンデラへと飛んで行く。
クダリは咥えたホイッスルで短い音と長い音を組み合わせた音を三つ出すと、その音を聞いたシャンデラがダンスのターンをする様に左に回避した。
それからも男の子のケーシィの攻撃は続いたが、クダリは声で指示が出せない代わりに、ホイッスルの音の長短の組み合わせだけで、シャンデラに回避の指示を出し、最後にシャドーボールを急所に当てて勝利してみせた。
音のみでシャンデラに指示を伝えたクダリのバトルの采配に一切の無駄は無く、今まで見た事のないバトルスタイルに、審判をしているコウキも含め、バトルを見ていた誰もが目を奪われ、言葉を失っていた。
「……あっ、そこまで!勝者、クダリさん!」
我に返ったコウキが慌ててバトルの勝利者を宣言すると、バトルを見ていた子供達は、しばらくの沈黙の後に一斉に沸き立った。
「お兄さんすごーい!」
「笛の音だけでポケモンに指示する人初めて見た!」
「次ぼく!ぼくとバトルして!」
「その次はあたしと!」
「こっちのお兄ちゃんも一緒にバトルしよう!」
「ボクも?うん、いいよ!」
クダリと男の子のバトルに触発された子供達は、自分も自分もと手を挙げ、審判していたコウキもバトルに参加する事になり、最後にはスクールの子供達全員参加のちょっとしたバトル大会になった。

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