変わったもの、変わってないもの、変わってゆくもの

サブマス一話完結小説ポケモン(サブマスメイン)

 
「あっ白ボス!黒ボス!」

翌日。
年若いてつどういんの部下が、二人の後ろから声を掛けた。

「俺この前旅行に行ってきて、お土産にクッキー買って来たんです。一人一枚です、好きな方をどうぞ!」
「ほんと?ありがとう!」

そう言って差し出されたのは、プレーンとチョコ味のクッキーの詰め合わせの箱。
最初クダリは嬉しそうに手を伸ばしたが、クッキーに触れる前にギクリとその手を引っ込めた。

「クダリ?」
「……えっと……ぼく、どっちが好きだったっけ……」
「白ボス?」

クダリは笑顔のまま表情を強張らせ、手を伸ばしたままの指先がカタカタと震えている。
突然様子がおかしくなったクダリに、部下の男は不思議そうに首を傾げる。
弟を隠すようにノボリは手を伸ばすと、両方のクッキーを一枚ずつ手に取った。

「我々でプレーンとチョコ、一枚ずついただけますか?」
「あ。はい、どうぞ!」
「ありがとうございます。休憩の時にいただきますね」

部下のてつどういんは、他の人にもお土産を配る為に去って行った。

「…………」
「クダリ、次の挑戦者が来るまでにまだ時間があります。少し休憩にして、クッキーをそれぞれ半分ずつにして一緒に食べましょう」
「……うん」

 ノボリは俯くクダリの手を引いて、休憩室のテーブルの椅子に座らせると、台に備え付けてあるケトルのお湯を沸かし始め、小皿やマグカップを用意し始めた。
昼休みが終わって間もないので、休憩室には二人以外誰もいない。
そのせいか、陶器のぶつかる音や、クッキーの包装を開ける音、ノボリが動きに合わせて揺れるコートの衣擦れの音がやけに大きく響く。
普段気にもとめない物音が気になる程の静かな空間に、クダリはどこか居心地の悪さを感じながら、何も無いテーブルに目を落としていた。
 
「昨日の話なのですが。どうも言葉が足りていない気がして、あの後もう一度考えてみたのです」
「…………」

そう言いながら向かいの椅子に座るノボリの顔を、クダリはぼんやりと眺めた。
   
「クダリ、こう考えてみてはいかがでしょうか。今のクダリは変わろうとしている途中なのだと」
「……ぼく、変わりたいなんて思ってない。ノボリになりたい訳じゃない。前みたいに、ノボリと二両編成ができてた時と同じに戻りたいの」

 あの頃に戻りたい、ただそれだけなのに。
そう望んでいるのは自分だけでノボリは違うのかと、ぐるぐる渦巻く黒い感情に、テーブルの上に置かれたクダリの手が握り拳を作った。
 
「……クダリ。ずっと変わらないままでいるのは、不可能な事なのです。誰しも必ず少しずつ変わっていくものなのです。……わたくしも、例外ではありません」
「……ノボリも?」
「ええ」
 
ノボリが頷いたと同時に、お湯を沸かし終えたケトルが「カチリ」と音を立てた。
席を立ったノボリはケトルに手を伸ばしながら、「どうかそのまま聞いてくださいね」と念を押しながら、あらかじめ用意していた二つのマグカップに湯を注ぎ始めた。
  
「わたくしヒスイ地方にいた時に、初めて人に「笑った」と言われたんです」

ノボリはクダリに背を向けたまま手を動かしながら、ヒスイ地方にいた時の自分の話を始めた。

「……そうなの?」
「驚くでしょう?いくら満面の笑みを浮かべても「そう見えない」と言われ続けていたわたくしがです」

ノボリは背を向けたままだったが、クダリには今の彼が笑っているのが分かった。
  
「わたくしはあなたを忘れたまま、あの世界で××年生きました。あなたと積み重ねた時間を忘れて、ただのノボリというまっさらな状態で、今までと全く違う時間を積み重ねました。時代も環境も全く違うので趣味も嗜好も変わりました。実を言うと元の世界に戻ってから、以前の自分の好みを思い出して、その違いに戸惑う事もあるのです」
「………」

 厳しい自然の中、野生のポケモン達が当たり前のように人を襲う事がある過酷な世界で、気が付けば記憶を失った状態で一人立っていたノボリ。
幾度となく命の危険に晒された話、自分を助けてくれたシンジュ団の話等、ノボリがヒスイ地方にいた時の話は、彼が帰って来た時に大まかに聞いている。
しかし何故今再びそんな話をするのか、クダリには理解できなかった。
 
話が読めずに困惑した表情を浮かべるクダリを見て、ここで本題に入ろうと言わんばかりに、「さてクダリ」と、その場で振り返って再度弟の名前を呼んだ。

「わたくしは誰だと思いますか?」
「……え?」

ノボリからの唐突な問いに、クダリは目を丸くした。
  
「ヒスイ地方に飛ばされる前のわたくし、ヒスイ地方でそれなりの年月を過ごしたわたくし、両方の記憶を持つ今のわたくしは、もはや以前のわたくしと同じとは言えないでしょう。それでもあなたは、わたくしを『あなたの兄のノボリ』だと思いますか?それとも『同じ名前というだけの別人』だと思いますか?」
「きみは、ノボリだよ。ぼくの双子の兄さん」
「何故そう思うのです?」
「だって、ノボリはノボリだもん」

きっぱりと言い切るクダリに、ノボリは「ええ、その通りです」と頷き、嬉しそうに微笑んだ。
それは以前のノボリのように、クダリにしか分からない固い表情じゃない、誰が見ても微笑みだと分かるような、穏やかな微笑みだった。 
 
「どこまで行こうとも、どう変わろうとも、わたくしはノボリ。記憶があろうとなかろうと、あなたと血を分けた兄弟である事には変わりありません。……それはクダリも同じです。クダリがどう変わろうと、クダリはクダリのままです」
「……」
「わたくし達がこれから先どう変わろうとも、わたくしがノボリで、あなたがクダリであれば、共に二両編成で前進する事ができると、わたくしはそう信じています」
「…………」

 クダリの小さく息を飲む音が、静かな空間に溶けていく。
ノボリがクダリを見つめる眼差しはどこまでも真っすぐで、嘘が無い。
本当に彼は心からそう思っているのだ。
いつ割れるか分からない、薄い氷の上に足を踏み出すような心地で、クダリは恐る恐る口を開いた。
 
「それ、は……ぼくがずっと敬語を喋ってても?」
「社会人としての成長として、いいと思います」
「ぼくが右手でボール投げたり、文字書いてても?」
「いっそ両利きになってしまうのも一つの手だと思います。ケガをして利き手が使えなくなった時に便利ですし」
「ぼくが……笑わなくなっても?」
「笑いたくなければ、笑わなくてもいいと思います。でもわたくしあなたの笑った顔が大好きなので、笑顔が見たくなった時は、わたくしがこの手で笑わせます」
「……このままノボリみたいになっても、ぼくはクダリのまま?」
「ええ。しかしわたくしが呼ばれた時に返事をしてしまうのは、少しずつ直していきましょうね。あなたはクダリなのですから」
「……ははっ。……あはははっ」

動揺する事も無く平然と答えていくノボリに、なんだかおかしくなってしまって、クダリは力の抜けたような笑い声をあげた。

「……なんでだろ。……なんか、もう大丈夫な気がしてきた」

ノボリの言葉で、原型を失いかけていた自分というものが、以前とは少し違う形で新しく形作られていく。
なんとも単純だなと自嘲しながらも、一歩進むだけでよろめいてしまうような、そんな吹雪の中にずっと閉じ込められていたクダリの心に、ようやく温かい日の光が差し込んだ気がした。
 
 ほんの少しだが憂いが晴れたらしいクダリの顔を見て、ノボリは用意ができた物を手に取ってテーブルに運び始めた。
半分に分けたプレーンとチョコのクッキーを乗せた小皿をテーブルの中央に置き、湯気が立つマグカップをクダリに差し出した。

「……ほら、カフェオレができました。熱いので気をつけてくださいね」
「あれ、ノボリもカフェオレなの?いつもコーヒーにお砂糖一つなのに」

ノボリの分のマグカップにも、クダリと同じカフェオレが入っている。
いつもの彼が飲む飲み物ではなかったので、クダリは首を傾げた。 
 
「今日はそういう気分だったのです。クッキーを食べながら一緒に飲むと美味しいですよ」
「うん。……ありがとう、ノボリ」

カフェオレが入ったマグカップを両手で受け取ったクダリは、小さな声で礼を言った。
白と黒が混ざった水面には、以前より少しだけぎこちないけれど、どこか安心したようなクダリの笑顔が映っていた。

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