「はあ……はあ……もう、しばらく走れないや……」
アルセウスからの敗北宣言を聞いて、コウキは床に尻餅をついて後ろに手をつくと、足を広げた状態で投げ出した。
通常よりずっと多く酸素が出入りしている肺が、走り続けて酷使された足が、緊張の糸が切れて痛みを訴えだしたのだ。
引き攣るような胸の痛みを紛らわす為に、コウキは天を仰いで意識的に深呼吸を繰り返した。
「コーキ!!」
背後からの大きな声に振り向くと、泣きそうな顔のクダリが今にも転びそうな大股の足取りで、コウキの元へ駆け寄って来た。
「あ……クダリさ……わあっ!?」
クダリに気づいたコウキが声を掛けようとした瞬間、杖から手を離して膝から崩れ落ちた彼に抱きつかれて、思わず裏返った声をあげた。
クダリはしばらくコウキの肩に顔を埋めて、左腕でギュウギュウに抱きしめていたが、その後で急に顔を上げてコウキの顔や腕など、彼の身体の至る所をペタペタと触り始めた。
コウキを触りながら、クダリはしきりに何かを喋っているが、慌てて喋っているせいで発音の不明瞭さに拍車がかかり、その言葉の内容は分からない。
しかし一緒に旅をして、それなりの日数を共に過ごしたコウキには、彼が自分に何を伝えたいのかは容易に理解できた。
「大丈夫ですよ、どこも怪我してません」
安心させる為にコウキはクダリに笑い掛けると、彼はパチクリと目を瞬かせてから、ふにゃりと力が抜けたように笑った。
『あなた達には驚かされました』
静かな声に二人が振り向くと、アルセウスが宙を滑るように二人の元へ歩み寄って来た。
シャンデラとアブソルが二人を守るように身構えたが、アルセウスからは既に敵意が無くなっている。
しかしアルセウスの意図が読めないので、二人は表情を硬くして、アルセウスの続きの言葉を待った。
『あなた達が二人でここに来た事。それは本来不可能な事でした。しかしこうして実現できたのは、小さな奇跡と偶然の積み重なりが生み出したもの。あなた達があの二人に会いたいと強く願う心が、それらを引き寄せたのでしょう』
アルセウスは自分の頭に浮かべている何かを見つめるように、宇宙空間に浮かぶ星々を見上げた。
「ここに辿り着くまでの過程と、ここであなた達が見せてくれた、互いを補い合う事で得られる強い力。あなた達は彼女とはまた違う形で、わたしに示してくれました。……約束です。彼らを元の世界へ帰すチャンスを与えましょう』
アルセウスは、コウキ達の前に一つの光るトンネルを作り出した。
『この道はあの二人がいる世界に繋がっています。彼女達を元の世界に帰したいのならば、あなた達があの世界に出向き、二人を迎えに行ってください。そして元の世界に帰る時には、この場所でヒカリが持っている笛を使ってわたしを呼んでください。その時に一度だけ元の世界に帰る道を作ります』
そう言ってアルセウスは光のトンネルから少し離れた所へ移動して、二人の門出を見守るようにその場から動かず何も言わなくなった。
シャンデラに手伝ってもらいながら立ち上がったクダリは、しばらく光のトンネルを見つめてから、それに向かって歩き出そうとしたが、右手を包む柔らかい感触に引き止められた。
何かと思って振り返ると、コウキがクダリの右手の指先を控えめに握っていた。
「すみません、クダリさん。……少しだけ、手、握ってもいいですか?ボク、ちょっとだけ緊張してるみたいで」
そう言ってトンネルを見つめるコウキの表情は強張っていて、その手は少し震えている。
このトンネルの先は、本などの情報でしか知らない未知の世界。
この先に探していた人がいると分かっていても、踏み出すのを躊躇ってしまうのは無理もないだろう。
麻痺で上手く動かせないクダリの指先は、弱々しい握力で時間を掛けながらも、コウキの手を確かに握り返した。
「いっしょ、ぁから。らい、じょーぶ」
不安を和らげる為にクダリが柔らかい表情で笑い掛けると、コウキも彼に微笑み返して小さく頷いた。
「いくよ、コーキ」
「はい、クダリさん」
大切な人達を迎えに行く為に、二人は手を繋いでアルセウスが作った眩い光のトンネルを歩き始めた。

コメント
WEBイベントをきっかけに、前編~後編一、読ませて頂きました。
ヒカリを探すコウキと、ノボリを探すクダリ……珍しい組み合わせに興味を引きました。
現代に残された側の人達が必死に可能性をひとつひとつ当たって進んでいく様は、読み進めていて(当人達にとってはとんでもないでしょうが)非常に面白かったです。まだ出会って間もない事もあり、片方が沈んだ時の微妙な距離感、それによる互いへの思いやりから感じる人間性がとても良いなと感じました。
事故や身体的にどうしようもない事があって ままならないなと思うシーンや出来事が多々あれど、クダリさんの介助をするポケモン達の描写・関係性がとても好きです。
終盤のアルセウス戦は、トレーナーもバトルに巻き込まれるような戦いが未経験の現代っ子コウキが序盤に相棒ゴウカザルが倒され、これはまずいと手に汗握りました。
クダリさんは観戦ポジションに甘んじず己の出来る事を見出し、『あのホイッスル、ここで活きた!』と読んでいて滅茶苦茶テンションが上がりました。
これまでの旅路と同じく、それぞれ役割分担で互いを補い合い戦う展開が本当に熱いです。
コウキとクダリさんの共闘に新たな可能性を見出したアルセウス、という落としどころも非常に納得感がありました。
……所変わってのヒスイのターンでは、ショウちゃんもノボリさんもすっかりヒスイに慣れており どう連れ帰るのか、それとも帰らない選択をするのか。全く読めません。蓑浦さんの納得のいく作が出来ますように……!
優しい文体(という印象を受けました)でとても読みやすかったです。
特に好きだったのが後編一の3ページ目にあった『クダリが力を抜いて身体を委ねる様子を見て、近くでずっとハラハラと見ていたシャンデラは、ホッと無い胸を撫でおろして後ろを着いていった』の文章表現が豊かですごく面白いなと思いました。アルセウス戦でのサポートも映像が浮かぶようでした。
大ボリュームの作品を一気に読む贅沢を味わわせて頂きました。本当に面白かったです。
コメントいただきありがとうございます!
もうめちゃくちゃ嬉しくて、しばらく布団の上で悶えてました。
今まで書いてきたものは短編集が多くて、一つの話に対してここまで長く書いた事が無かったので、展開がダラダラになってないか、読みにくくないかと心配でしたが、読みやすいと言ってくれて嬉しいです!
片方が沈んた時のもう一人の接し方は、まだ知り合って間もなくて、声の掛け方が分からずにその場を去ってそっとしておくしかなかったコウキと、二人で旅をしてそれなりに日数が経ち、自分から寄り添いに行ったクダリと、対比になるように考えて書きました。
アルセウス戦は「直接戦えないクダリを絶対に空気にさせない」という事を絶対条件に、頑張って書いていたので、手に汗握る程楽しんでもらえてよかったです。
他にもこだわっていた所とか、癖に従って筆が乗っていた所とかも拾って読んでもらえて嬉しいです。
後編二も頑張って書いていますので、完成したらまた読んで頂ければ幸いです。
とても嬉しい感想をありがとうございました!