翌日の午後。
再びシロナの元に訪れた二人は、事前に事情を知っていたらしいスタッフに、昨日とは違う小さな部屋に案内された。
部屋の中には積み重なった資料の束と、昨日二人が託したレポートと笛を乗せた大きなローテーブルがあり、それを挟む二つのソファの内の片方にシロナが座っていた。
この一晩でかなり力を入れて調べてくれていたのか、彼女の顔には疲労の色が浮かび、金糸の髪もややパサついているように見えた。
「こんにちは。待たせたわね、こっちに座ってくれるかしら?」
シロナに促されて、二人はテーブルを挟んだ彼女の向かいにあるソファに座った。
「さてと。借りていたヒカリさんのレポートと、クダリさんに送って貰った画像データ、コウキくんが持っていた笛、そしてナナカマド博士から届いた調査結果。他のスタッフ達にも協力してもらったけれど、今回は時間が無かったから、簡易的な事までしか調べられなかった。けれど、いくつか分かった事があったわ。これから一つずつ説明したいのだけれど……コウキくん、話しても大丈夫かしら?」
説明に入る前に、コウキの目元がやや赤い事に気づいていたシロナは、昨日の呆然とした少年の顔を思い出して、様子を伺った。
「シロナさん、ボクはもう大丈夫です。話を聞かせてください」
シロナの懸念に反して、コウキは迷いのない光を帯びた強い目をしている。
「……分かったわ。では、始めるわね」
彼の顔つきを見て、それが空元気でも無理をしている訳でもなく、本当に大丈夫だと判断したシロナは、ヒカリのレポートと、ポケモン図鑑に書かれていた文字をアップした写真を、資料の間から数枚取り出した。
「まずは昨日言ったポケモン図鑑について。ヒカリさんのレポートの筆跡を照らし合わせた結果、やはりこの図鑑を作ったのはヒカリさんの可能性が高いと判断したわ」
「…………」
シロナはここで一旦言葉を切って、一度コウキの様子を確かめた。
コウキはシロナの言葉に息を飲んではいたが、その表情に大きな動揺は見られなかったので、話を続ける事にした。
「続けるわね。……まず、この写真を見比べてくれるかしら?」
シロナは写真を縦に二列に並べ始めた。
片方の列はポケモン図鑑、もう片方はヒカリのレポートをアップで写した写真で分けているらしい。
写真に映っていた文字は、所々赤い丸で囲われていた。
「こっちの列はポケモン図鑑の文字、そしてこっちの列がヒカリさんのレポートの文字よ。丸で囲まれている文字を見て、何か気づかないかしら?」
コウキはソファから身を乗り出して、二列に並んだ写真の文字をじっくり見比べると、「あっ」と声を漏らした。
「文字の横向きの線、少し斜めになってる所がヒカリの文字と似てます。ヒカリはレポート書く時、こうやってレポートを持って書いている事が多かったから、そういう字になりやすかった気がします」
「ええ、その通りよ」
コウキがヒカリがレポートを書く様子の身振りも交えて答えると、シロナは笑顔で小さく頷いた。
「もちろんヒカリさんが書いたと断定するには、これだけでは判断材料が足りない。けど少なくとも、彼女はポケモン図鑑を作っていた事になんらかの関わりを持っていたと思うわ。次に手記の内容について。大半の文字が不明瞭だったから、解読できた部分だけ教えるわね」
シロナは並べた写真を片付けると、次は矢印や小さな文字で細かく書き込みをされた、手記で画像をコピーした大きな紙を広げた。
「まずこのテンガン山の近くの言葉が『禍々しき色の空に走る、眩く光る裂け目の様な物』『時空の歪み』。モクローの近くにある言葉は『裂け目から現れたポケモン』『ラベン博士に聞いた』」
「ラベン博士?どこかで聞いた事があるような……ナナカマド博士が持っていた本に載っていたのかな?」
シロナは、解読できた過去の文字を読みながら、紙の上に書かれている文字列の上を、人差し指でなぞっていく。
その中に聞き覚えのある名前を聞いたコウキは、腕を組んで宙を見上げ、記憶を遡って彼が誰なのかを思い出そうとした。
「ナナカマド博士の助手をしているコウキくんなら、聞いた事があるかもしれないわね。彼はポケモン図鑑が作られる少し前からヒスイ地方で活動をしていたと言われているポケモン博士よ。だからこの手記はヒスイの時代に書かれた物でまず間違いない。そして『裂け目』と『時空の歪み』という言葉は、ヒスイ地方の他の資料や文献にも多く記されているの。そこからポケモンが現れたという記録も残っている。だからこの絵のモクローは、この時空の歪みを通ってヒスイ地方に来ていたのかもしれないわね」
「それって……あっ、クダリさん。手帳見せてもらっていいですか?」
「……?……!!」
コウキの言わんとしている事に気づいたクダリは、すぐにバッグから手帳を取り出して、ウルトラホールの写真の切り抜きが貼っているページをシロナに見せた。
「実はここに来る前にボク達、モクローがヒスイ地方にいるのは、アローラ地方で確認されているウルトラホールが原因じゃないかって話をしていたんです。この時空の歪みはウルトラホールが関係しているんでしょうか?……だとしたら、ヒカリとノボリさんがヒスイ地方にいる原因って、これに巻き込まれたからなんでしょうか?」
シロナはクダリの手帳を受け取って、手帳の中身を数分掛けて一通り目を通し、読み終わるとクダリに礼を言って手帳を返した。
「ありがとう。この手帳の内容、とてもよく調べられていたわ。ヒスイ地方の時空の歪みと、アローラ地方のウルトラホールは同じ現象。それは有力な一説として確かに存在している。二人がこの現象に巻き込まれた可能性も否定できない。……けれど、ごめんなさい。ウルトラホールはどこに繋がっているのか分からない、未だ謎が多い現象。確かめるにはあまりにも危険すぎるから、この説が本当かどうか、突き止める方法が無いのが現状なの」
「「…………」」
試したくない手段とはいえ、二人の中ではウルトラホールが一番ヒカリとノボリの元へ辿り着く可能性を持っていた。
しかしシロナの説明を聞いてその可能性はほぼ潰えてしまったので、コウキとクダリは強張った表情で押し黙ってしまった。
「続きを話すわね。あたしとしては、ここからの話を一番二人に聞いて欲しいの。このポケモンと笛については『彼女が持っていた不思議な形の笛』『笛の音が好き』、そして……『アルセウス』」
「アルセウス?」
コウキは顔を上げると、シロナの口から告げられた聞き慣れない言葉を聞き返した。
「アルセウス……が、このポケモンの名前なんですか?」
「ええ。正直あたしもこのポケモンの名前が出てきたのは驚いた。アルセウスの姿を見た人の記録はほとんど残っていなかったから、ナナカマド博士の調査結果がなければ、あたしもすぐには気づけなかったわ」
そう言いながらシロナは、ポケモン図鑑のあるページを拡大コピーした紙を見せた。
図鑑のページはかなり劣化が進んでいたらしく、文字は手記に書かれていたもの以上に掠れており、ポケモンの絵が描かれていたと思われる枠内は、紙自体がボロボロになっていて、見る影もなかった。
「アルセウスはシンオウ神話に登場しているポケモンなの。世界を創る時、時を司るディアルガと空間を司るパルキアが生み出された。そしてこの二匹のポケモンを生み出したのが、アルセウスよ」
「神話に出てくるポケモンがヒスイ地方にいたんですか!?」
「……っ!」
シロナの一言で、途端に神話の話にまでスケールが大きくなったので、クダリは目を見開き、コウキも驚きから思わず大声を出した。
「ええ。実はヒスイ地方のポケモン図鑑にも、アルセウスらしきポケモンが載っているの。状態が悪くてほとんど分からないけれど、ここに『ヒスイの神話 万物の創造主』と書かれている。……となると、ヒカリさんはアルセウスと接触していた可能性もあるかもしれないわね」
「…………」
すると今まで何も言わずにシロナの話を聞いていたクダリが、コツコツと指先でテーブルを叩いて、スマホの画面を見せた。
『シロナさん。もしアルセウスに会って力を貸してもらえたら、ぼく達ヒスイ地方に行ける?確実じゃなくていい、教えて』
「そうね……保証はできないけれど、可能性はあると思うわ」
「「!!」」
彼女の一言を聞いて、コウキとクダリは顔を見合わせた。
アルセウスに力を貸してもらえば、ヒカリとノボリに会える手立てが見つかるかもしれない。
潰えたかと思った道は、違うルートへ繋がった。
「アルセウスにはどうやったら会えますか!?」
「……その事については、ナナカマド博士に調べてもらったのだけれど、分からなかったの。アルセウスは滅多に人前に現れないポケモンだから」
「「…………」」
新たに見つけた希望に、勢いのあまりコウキが立ち上がってシロナに尋ねると、とても現実的な答えが返ってきた。
相手は神と呼ばれるポケモンだ。
そう簡単に会える代物ではないだろう。
少し考えれば分かる事だが、それでも期待せずにはいられなかった。
意気消沈したコウキは何も言わずに元の場所に座り、期待で前のめりになっていたクダリも、黙ったまま座り直した。
「ごめんなさいね。肝心な所が分からなくて」
「あ、いいえ!むしろ一日だけでここまで調べてくれて、ありがとうございました。……あと、その笛については何か分かりました?」
シロナが眉をハの字にして謝ると、コウキは慌てながら礼を言って頭を下げた。
話を変える為にコウキがテーブルの端に置いてある笛を指さすと、シロナはテーブルの中央に笛を置いた。
「この笛だけはどれだけ調べても、それに関する資料が見つからなかったわ。誰が作ったのか、いつ頃に作られたのか、どう作られたのか。……そもそもこの手記に書かれていた笛と、コウキくんが持っている笛が同じ物なのかも分からなかったの」
「そうなんですね。……さっき言ってた『笛の音が好き』って、アルセウスは笛の音が好きだったんでしょうか?」
「そうね。もしかしたら、そうだったのかもしれないわね」
「…………よし」
コウキは笛を手に取ってその場で立ち上がると、思い切り息を吸って、吹き口に息を吹き込んだ。
壊れてしまっているのか、笛からはヒュルヒュルと隙間風の様な情けない音が鳴るだけで、その見た目に相応しい楽器の音は鳴らなかった。
「あ、あはは……音を鳴らせば、それを聞いたアルセウスが来るかなー、なんて……そう簡単に会える訳ないですよね」
音を鳴らそうとしていた少年の様子を見守っていた大人達を前に、コウキは誤魔化すように笑った。
笛をテーブルに置いてソファに座って気まずそうに目を伏せると、シロナは「これはあたしの直感なのだけれど」と言いながら、真剣な顔で笛を手に取った。
「……いつかきっと、この笛が必要になる時が来ると思うわ。それがいつなのか分からない。でもきっと大事な時よ。だからコウキくん、どうかその時までこの笛を大事に持っていて」
「……分かりました」
コウキはシロナから差し出された笛を受け取ると、いつもより慎重な手つきでそれをリュックにしまった。
その時頭の中で蝋燭の火が灯る様な、何かが浮かんだ気がして、コウキは「あっ」と声をあげて身体の動きを止めた。
それが何なのか答えを手繰り寄せようと、彼は真剣な顔つきになって口元を手で覆うと、「いや」、「でも」と声を漏らしながら、何やらブツブツと呟き始めた。
「……コー、キ?」
「コウキくん?」
「……やりのはしら」
クダリとシロナが声を掛けると、コウキがある場所の名前を小さく呟いた。
「シロナさん。ボクとヒカリ、前にやりのはしらでディアルガに会った事があるんです。ディアルガと関係があるやりのはしらなら、アルセウスにも会える……なんて事、考えられないですか?」
「やりのはしら……そうね。あそこも神話と関わりのある場所だから、確かめる価値は十分にあると思うわ」
シロナの言葉を聞いた直後、コウキはすぐさま隣に座るクダリの方へ身体ごと向き直った。
「クダリさん。ボク、やりのはしらに行きたいです。そこが本当にアルセウスに関係しているか全く保証できません。完全に無駄足になるかもしれない。……それを承知の上で、ボクと一緒にテンガン山を登って、やりのはしらに行ってくれませんか?」
クダリは真剣な顔で迫るコウキの顔を見つめて、しばらくポカンとしていたが、一度パチリと大きく瞬きをしてから、時折入力ミスをしながらもいつもより素早いフリック操作で文字を入力していった。
『ぼくも一緒にやりのはしらに行きたい。でもぼくがテンガン山に登るには、コウキにたくさん助けてもらわないといけない。それでもいいなら、一緒に行こう』
「大丈夫です!ポケモン達が手伝ってくれるし、なんだったらボクがクダリさんをおぶって行きますから!」
『すごく頼もしい、よろしくね』
拳を作って意気込むコウキの笑顔を見て、クダリも一つの目を光らせて力強く頷いた。
「次の行き先が決まったみたいね」
どこか安心したように微笑むシロナの方へ振り向いて、コウキは「はい!」と力強く頷いた。
「これからボク達、やりのはしらに行ってきます」

コメント
WEBイベントをきっかけに、前編~後編一、読ませて頂きました。
ヒカリを探すコウキと、ノボリを探すクダリ……珍しい組み合わせに興味を引きました。
現代に残された側の人達が必死に可能性をひとつひとつ当たって進んでいく様は、読み進めていて(当人達にとってはとんでもないでしょうが)非常に面白かったです。まだ出会って間もない事もあり、片方が沈んだ時の微妙な距離感、それによる互いへの思いやりから感じる人間性がとても良いなと感じました。
事故や身体的にどうしようもない事があって ままならないなと思うシーンや出来事が多々あれど、クダリさんの介助をするポケモン達の描写・関係性がとても好きです。
終盤のアルセウス戦は、トレーナーもバトルに巻き込まれるような戦いが未経験の現代っ子コウキが序盤に相棒ゴウカザルが倒され、これはまずいと手に汗握りました。
クダリさんは観戦ポジションに甘んじず己の出来る事を見出し、『あのホイッスル、ここで活きた!』と読んでいて滅茶苦茶テンションが上がりました。
これまでの旅路と同じく、それぞれ役割分担で互いを補い合い戦う展開が本当に熱いです。
コウキとクダリさんの共闘に新たな可能性を見出したアルセウス、という落としどころも非常に納得感がありました。
……所変わってのヒスイのターンでは、ショウちゃんもノボリさんもすっかりヒスイに慣れており どう連れ帰るのか、それとも帰らない選択をするのか。全く読めません。蓑浦さんの納得のいく作が出来ますように……!
優しい文体(という印象を受けました)でとても読みやすかったです。
特に好きだったのが後編一の3ページ目にあった『クダリが力を抜いて身体を委ねる様子を見て、近くでずっとハラハラと見ていたシャンデラは、ホッと無い胸を撫でおろして後ろを着いていった』の文章表現が豊かですごく面白いなと思いました。アルセウス戦でのサポートも映像が浮かぶようでした。
大ボリュームの作品を一気に読む贅沢を味わわせて頂きました。本当に面白かったです。
コメントいただきありがとうございます!
もうめちゃくちゃ嬉しくて、しばらく布団の上で悶えてました。
今まで書いてきたものは短編集が多くて、一つの話に対してここまで長く書いた事が無かったので、展開がダラダラになってないか、読みにくくないかと心配でしたが、読みやすいと言ってくれて嬉しいです!
片方が沈んた時のもう一人の接し方は、まだ知り合って間もなくて、声の掛け方が分からずにその場を去ってそっとしておくしかなかったコウキと、二人で旅をしてそれなりに日数が経ち、自分から寄り添いに行ったクダリと、対比になるように考えて書きました。
アルセウス戦は「直接戦えないクダリを絶対に空気にさせない」という事を絶対条件に、頑張って書いていたので、手に汗握る程楽しんでもらえてよかったです。
他にもこだわっていた所とか、癖に従って筆が乗っていた所とかも拾って読んでもらえて嬉しいです。
後編二も頑張って書いていますので、完成したらまた読んで頂ければ幸いです。
とても嬉しい感想をありがとうございました!