「ねえアズール~、腕疲れてきたんだけど、まだあんの?」
「もう少しです。あと五つ用意してください」
「え~……どんだけ種類あんのこれ」
一方その頃。
オクタヴィネル寮のとある一室では、アズール・アーシェングロットと、フロイド・リーチが、制服のジャケットを脱いで、寮のベストと腕まくりをしたシャツのみの格好で、テーブルに置いた大量の材料と、床に置いてある海水に満たされた大きな水槽を前に格闘していた。
アズールは瞬きもせずに、真剣な顔で水槽に沈めた天秤と重りを使って、材料の量を正確に計り、その向かいでフロイドは、胡座をかいた状態で大きな水槽に手を突っ込み、材料を入れるフラスコを用意する為に、すり鉢で海藻をひたすらすり潰している。
既にこの行為に飽きて、げんなり顔でぶうぶう文句を言うフロイドを、自分の作業のみに集中したいアズールは、彼に目を向ける事なく全てスルーして、天秤と向き合い続けていた。
「フロイド、追加分はできましたか?」
「んん~ちょっと待って、もう少し」
フロイドはそう言いながらすり潰した海藻を、事前に特殊な魔法薬を塗っていた網で濾し、支柱に刺した五つの半円状のろうとに、出来上がった粘液をハケでたっぷり塗りつけた。
作業自体は人魚の子供なら、誰しも親の手伝いでよくやらされている事なので、フロイドの手つきは手慣れたものだ。
そんな単調な作業を三回は繰り返しているので、フロイドはとっくに飽きていたが、アズールが何日も前から、この日を心待ちにしていたのを知っているので、文句を言いながらも作業を投げ出したりはしなかった。
「はい、計り終わったやつちょうだい」
「そこの小皿に並べてあります。溢したら承知しませんよ」
「わかってるって」
フロイドは計量が終わった材料を乗せた皿を手に取ると、先程の粘液を塗ったろうとの中に慎重に材料を入れると、粘液を塗った状態で事前に用意していた半球状の蓋を被せた。
他のろうとにも同じように入れていくと、あっという間に材料が入った五つの丸いフラスコが出来上がった。
「はい、完成~」
「お疲れ様ですフロイド。中の粘液が固まるまで十分といったところですね」
「これでほんとに全部?また追加がでても、オレもうやんないからね」
「心配しなくてもこれで最後ですよ。あとはジェイドに引き取りを頼んでいた物が届くのを待つだけです」
「お疲れ様ですアズール、フロイド」
道具を入れたままの水槽は一旦放置して、アズール達が椅子に座って一息ついたタイミングで、落ち着いた馴染みのある声と共に、背後のドアが開く音がした。
彼の手のひらサイズのガラス瓶を、丁寧に両腕で抱えたジェイドが入って来た。
「二人とも、もう材料の用意を終えていたんですね」
「ひたすら海藻すり潰さないといけなくて、すっげー面倒くさかった」
「あとは残りの五つのフラスコが固まるのを待つだけです。頼んでいた物は届いていましたか?」
「ええ、届いていました。こちらです」
「これがそうですか!本当に一匹丸ごと手に入るとは!」
ジェイドが掲げたガラス瓶の中には、小さく透明な結晶が密集した物体が入っていた。
丸い物から細長いものが四本生えている形状で、アズールは興奮気味にその瓶の中を覗き込む一方、フロイドは片眉を上げて首を傾げた。
「なにこれ塩の結晶?クラゲって聞いてたけど」
「クラゲで合っていますよ。これは『星屑クラゲ』ですから」
アズールはそう言いながら、ジェイドから星屑クラゲの入った瓶を受け取った。
「星屑クラゲは、何らかの現象で強い魔力を浴びると、全身が細かい結晶に覆われる生態を持っているんです。この密集した結晶が、星屑が集まっているように見えるので、星屑クラゲと呼ばれているのだとか。元から個体数が少なく、結晶化するととても脆くなるクラゲなので、こうして一匹丸々が市場に出るのは珍しいんですよ」
星屑クラゲの説明をしながら、今にも小躍りしそうな上機嫌で、アズールは瓶を頭上に掲げた。
「使ったひとにとって、一番美しい星空を見せる『流星の夢』。高級な星屑クラゲを丸ごと使うこんな贅沢な魔法薬の調合、滅多に挑戦できません。……これが成功すれば、僕が入手が難しい材料を手に入れられる伝手も持っている事も、難しい魔法薬を調合できる腕を持っている事もアピールできる。……ふふふ。これでこれからの依頼の幅も広がるものですねえ!」
アズールが腕の中の材料、これから作る魔法薬の貴重さを捲し立てて高笑いをしていても、食指が動かなかったフロイドは、「ふ~ん」とつまらなさそうに返した。
「そういえばさ、なんで『流星の夢』って名前な訳?ただ星空を見させるだけなら、星空の夢でもよくね?」
「調合に成功した時に打ち上がる花火が、それは見事な流星群に見えるとか。山で野宿をした時に見た星空とどう違うのか、ぜひとも比べてみたいですね」
「……へえ、成功したら海で花火が見れるんだ。それはちょっと面白そうかも」
「さあジェイド、フロイド。早速調合を始めますよ!大釜の使用申請も済んでいますから、準備を手伝ってください」
「「はい/はぁい」」
ジェイドの補足の説明を聞いて、フロイドの気分が若干上向いたタイミングで、アズールは双子に声を掛けて、意気揚々と調合用の大釜が置いてある場所へ向かった。

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