海中の調合

ツイステッドワンダーランドツイステ一話完結小説

ナイトレイブンカレッジでは、人魚の生徒が万が一人魚特有の病気に罹った場合、海でしか調合できない魔法薬が必要になる時があるので、オクタヴィネルの敷地内の海の片隅には、海の魔法薬の調合用の大釜が複数設置されている。
二年生の授業で使われていた大釜も、ここから運び込まれたものだ。
 陸の人間がこの大釜を使用する場合は水中呼吸薬が必要になるのと、安全の為に学園へ事前に申請しないといけないので、使用するまでの手間が多く、人間の生徒にはほとんど使われていない。
しかし人魚の彼らにとっては、使用の申請だけをして後は元の姿に戻ればいいだけなので、アズール達はこの大釜をよく使用していた。
 
 元の姿に戻ったアズールは勝手知ったる様子で、魔法薬のレシピが書かれた本を片手に、調合の手順の最終確認をしながら、大釜に魔力を注ぎ始めた。
アズールの手から放たれた魔力に反応して、海底に鎮座していた大釜の口が開き、中から彼の魔力に反応した紫色の光が溢れて、彼の身体の輪郭を妖しく浮かび上がらせる。
開いた大釜から次第に煙が立ち上り始める様は、まるで牙を持った怪物が炎を吐き出す為に、大きな口を開けている様だった。

「アズール~、持って来たよ~」

 アズールが魔力量を調整しながら大釜の煙の量を確かめていると、星屑クラゲが入った瓶を抱えたジェイドと、整然と並べた他の材料を入れた籠を抱えたフロイドが泳いで来た。
二人の抱えている材料に一通り目を通したアズールは、小さく頷いた。
 
「ありがとうございます」
「じゃあこっち先に入れるね〜……あっ、逃げた」
 
 フロイドは抱えていた材料を入れようとすると、彼の手の中に囚われていた小魚が一匹逃げ出した。
逃げた魚は材料にされるまいと、手を伸ばしたフロイドの手もすり抜けて、上へ上へと逃げようとする。
しかしそれを見逃さなかったアズールは、指先で小さな渦を魔法で作ると、それを飛ばして逃げようと必死に泳ぐ魚を絡め取った。

「フロイド、気をつけてくださいよ」
「ごめんって。でもアズールがこんな小魚見逃すわけないでしょ?」

ギロッと鋭い視線を向けても、フロイドは悪びれずに三日月型に目を細めるので、アズールはフンと鼻を鳴らして、捕らえた魚を渦ごと大釜に投げ入れると、フロイドの腕の中にある材料に手を伸ばした。
 
「当然です、絶対失敗する訳にはいきませんからね。……さて、最初に入れる材料はこれと、これと……」

 アズールは小さく材料の名前を呟きながら、材料入りのフラスコを掴みながら魔法を掛けると、次々の自分の後ろへ向けてポイポイ放り投げていく。
放り投げられた材料達は、彼の魔法でふわふわと一か所に集まると、大釜の中に深い青色の煙を立てて一斉に飛び込んだ。

「さあ、調合開始ですよ」

 そう宣言してゆったりとした動作で大釜へ向かって泳ぐアズールは、大釜の上に手をかざし、魔法を使ってゆっくりと中身をかき混ぜ始めた。
八本の足の内の一本がトントンと海底を叩いてリズムを取り始め、それに合わせてアズールは小さく歌を口ずさみ始める。
中身の魔法薬は彼の手の動きに合わせて渦を巻き始め、深い青の水面は徐々に淡い光を帯び始めた。

「フロイド、次の材料を」
「はぁい」

 歌の旋律も盛り上がりのある部分に差し掛かり、アズールの表情も次第に楽し気なものになって、彼の動きも音楽に合わせて大きくなってくる。
その場でダンスのターンをするようにクルリと身を翻して、呼び寄せたフロイドから残りのフラスコも受け取ると、曲のアクセントに合わせて大釜の中に叩きつけていく。
材料を全て渡し終えたフロイドは、近くの岩場に両肘をついて目を細め、アズールの歌に合わせてゆらゆらと頭を揺らした。
空色、緑色、黄色と次々と色を変えて、パチパチと散らしていく魔法薬の光が、踊るように動くアズールをいろんな姿に着飾っているみたいで、フロイドの目を飽きさせなかった。
 そうしている内に、アズールの調合と歌も終盤にさしかかった。
大釜の中でかき混ぜられる魔法薬の渦は、徐々に強くなるアズールの魔法によってスピードが上がっていく。
アズールの魔法は周りの海水さえ巻き込み、やがては数メートル離れた場所にいる、ジェイドとフロイドの髪が激しく乱れる位に激しい潮流になっていった。
   
「よし、これで最後だ。ジェイド、星屑クラゲを!」
「はい!」
 
 アズールが振り返った手を差し出すと、待機していたジェイドは尾鰭で海底を叩くように水の流れに逆らい、アズールに瓶を両手で手渡す。
受け取った瓶の中から、アズールは慎重に星屑クラゲを取り出すと、祈る時のように指を組んでそれを握りつぶした。
 アズールの手で潰されて細かくなった結晶達は、指を解いた彼の手の中に収まる魔法の渦に捕らわれ、高速で回転を始める。
渦の中では脆い結晶同士がぶつかり合い、細かい粒子へと変わっていき、渦が全体的に銀色になったタイミングで、アズールは高速回転している状態を維持したまま、その渦を大釜の中の魔法薬の中に入れた。

「あとはこれで花火があがれば……」

 アズールが固唾を飲んで大釜の中を見つめていると、結晶の渦は次第に魔法薬を巻き込み始めた。
渦の中で結晶と魔法薬が混ざると、魔法薬はバチバチと小さな閃光を散らしながら、また目まぐるしく色を変えていき、やがて渦の中心から白い光が打ち上がった。
その眩しさにアズールは思わず手で顔を庇ったが、すぐに顔を上げて白い光がどうなったか、息を詰めて凝視する。
白い光はヒュルヒュルと音を立てて十数メートルまで上がると、大きな破裂音と共に弾け、白銀の流星群となってアズール達の頭上に降り注いだ。
 
「……わぁ〜!すげー、めっちゃキラキラしてる〜!」
「これは……すごい」
 
 降り注ぐ光は全て白銀一色。
色とりどりの陸の花火を、海の底から見上げた時の景色とはまた違う光の洪水。
光は細長い尾をひきながら、海底の闇にかき消される瞬間まで、その存在を主張する。
流星群を目の当たりにして、フロイドは嬉しそうに歓声をあげ、ジェイドは目を見開いて息を飲んだ。
 アズールもしばらく放心状態で流星群に釘付けになっていたが、徐々に意識が現実に戻ってきたので、結果を確認する為にゆっくりと大釜に目を落とした。
大釜の中には、光加減によって時折紫が混じる深い青色に、銀色に光り輝く細かい粒子が浮かぶ、満天の星空を閉じ込めた様な液体が出来上がっている。
用意していた空き瓶に完成した『流星の夢』を入れて、漏れださないように念入りに栓をしてから、ようやく実感が湧いてきたアズールは、こみ上げてくる言いようもない喜びの感情に、片手で握り拳を作った。
 
「やった……やった!!ジェイド、フロイド、成功ですよ!!見ましたかあの流星群!!『流星の夢』、完成させましたよ!!」

完成した魔法薬を詰めた瓶を胸の前に掲げて、アズールが振り向くと、ジェイドとフロイドが近づいてきた。
 
「ええ。お見事でした、アズール」
「やったじゃんアズール!……って、あはははは!!アズールもキラキラになってんじゃん!」
「えっ?……うわっ!?」

 フロイドが笑いながら自分を指さすので、アズールは自分の身体に目を落とすと、自分の姿にギョッとした。
アズールの身体は、高速回転する渦を大釜に入れた時に飛び散った、『流星の夢』が身体の至る所に付着していて、彼本来の紫がかった身体の色と合わさって、満天の星が浮かぶ深い紫の夜空色になっていたのだ。

「いいな〜、オレももっと近づいて見ればよかったかも」
「ふふふ。今のあなたなら、夜空にでも擬態できそうですね」
「笑わないでください!……くっ、落ちない!」
 
試しに手近なタコ足の先に付いている魔法薬を手で拭おうとしたが、薬はタコ足の上で薄く伸びて、キラキラ光る範囲が増えるだけだったので、その場で綺麗にするのは早々に諦めた。
 
「はあ……仕方ありません。人間の姿に変身する前に、一度身体を洗わないといけませんね」
「えー、いいじゃん、綺麗なんだし」
「よくないです、これだと目立って仕方ない。ジェイド。汚れを落としてくるので、僕の代わりにこの魔法薬をVIPルームへ。十五分程で戻りますから、くれぐれも慎重にお願いします」
「かしこまりました」

アズールは魔法薬を詰めた瓶をジェイドに託すと、夜空色に光るタコ足を翻して、どこかへ泳ぎ去って行く。
彼の姿が見えなくなると、フロイドはその場で大きく伸びをして、水面へ向かって泳ぎ始めた。
 
「腹へってきたし、なんか適当に作ろうかな。ジェイドも食うでしょ?」
「もちろん。では僕はアズールが戻って来るまでに、飲み物でも用意しておきましょうか」
  
ジェイドはアズールに託された瓶をしっかりと自分の胸に抱いて、先に泳ぐフロイドを追いかけた。

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